譲渡の後の統合 売主が引き継ぐ義務と、引継ぎの期間の定め方

代金を受け取り、株式を引き渡した時点で、売主の役割が全て終わるわけではありません。多くの取引におきましては、譲渡の後の一定期間、売主が引継ぎに関与することが条件とされております。この期間の定め方が曖昧であると、いつまでも呼び出しを受ける、あるいは無報酬で稼働を求められるといった事態が生じます。

他方、買主の立場からは、取引先との関係、技術の伝承、従業員の動揺の抑制のために、前経営者の関与を必要とする事情があります。本頁では、譲渡の後の統合の局面において売主が負う義務の内容と、期間及び報酬の定め方を申し上げます。

譲渡の後の統合とは

譲渡の後の統合は、一般に、経営、業務、意識の3つの領域にわたるとされております。中小企業庁は、令和4年3月に中小PMIガイドラインを策定し、譲渡の後の統合に係る取組の指針を示しております。

領域 主な内容 売主の関与の程度
経営の統合 経営の方針、組織、権限の設計 助言にとどまるのが通例です
業務の統合 取引先の引継ぎ、業務の手順、情報システム 最も関与が求められる領域です
意識の統合 従業員の理解、企業文化 初期の説明及び同行が中心です

売主が引き継ぐ主な事項

  • 主要な取引先への挨拶及び紹介 最も重要です。前経営者の同行の有無により、取引先の反応が異なります
  • 金融機関への説明 代表者の変更の届出に伴い、同行して説明する例があります
  • 許認可に関する手続の協力 変更の届出に必要な書類の作成及び所管の官庁との折衝
  • 技術及び業務の手順の伝承 書面化されていない事項が多い場合、期間を要します
  • 従業員への説明及び面談 譲渡の直後の動揺を抑制するために行われます
  • 係属中の事案の引継ぎ 紛争、交渉中の案件、進行中の工事等
  • 帳簿及び記録の引渡し並びに説明

期間の定め方

実務上、次のいずれかの形式が採られます。

  1. 役員として残留する形式 取締役又は監査役として在任いたします。期間は6か月から2年が通例です。役員報酬が支払われます。ただし、役員としての義務、すなわち善良な管理者の注意をもって職務を行う義務(会社法第330条、民法第644条)を負い続けることとなりますので、権限と責任の均衡に留意が必要です
  2. 顧問又は相談役として関与する形式 委任又は準委任の契約により、助言を行います。期間は6か月から1年が通例です。役員としての責任を負わない点が売主にとって有利です
  3. 従業員として在籍する形式 雇用契約により在籍いたします。労働法令の適用を受けます
  4. 期間を定めず、必要に応じて協力する形式 最も曖昧であり、紛争の原因となりやすいです。避けることが望まれます

役員として残留する場合には、役員退職慰労金の支給の時期との関係に注意を要します。詳細は役員退職慰労金による受取りをご覧ください。

契約において定めるべき事項

  • 期間 開始及び終了の日を明記いたします。自動更新の定めを置く場合、更新を拒絶できる仕組みとするか
  • 職務の内容 「経営に関する助言」といった抽象的な記載は避け、対象となる業務を列挙いたします
  • 稼働の頻度 週何日、月何回といった具体的な定めを置きます。これがないと、際限のない要求を受ける原因となります
  • 勤務の場所 出社を要するか、遠隔でよいか
  • 報酬 月額の定め、支給の時期、交通費その他の実費の負担
  • 指揮命令の関係 誰の指示により稼働するか
  • 中途での終了 いずれの当事者からも、一定の予告期間をもって終了できる旨を定めることが望まれます
  • 秘密保持及び競業避止 株式譲渡契約書における定めとの整合を確認いたします
  • 責任の限定 助言の内容につき結果を保証するものではない旨を明記いたします

売主が留意すべき事項

  • 株式を譲り渡した後は、会社の意思決定の権限は買主にあります。従前と同様の関与を続けようといたしますと、対立の原因となります
  • 従業員が前経営者に相談を持ち込む状態が続きますと、新しい経営体制が機能いたしません。相談の窓口を明確にする必要があります
  • 取引先への挨拶においては、譲渡の理由を統一した説明により伝えます。買主と事前に文言を確認いたします
  • 競業避止の義務の範囲を確認いたします。退任の後に別の事業を始める予定がある場合、株式譲渡契約書の締結の段階で例外を設けておく必要があります
  • 引継ぎの期間中に生じた事象につき、表明保証の違反として補償の請求を受ける可能性があります。記録を残すことが望まれます

統合が円滑に進まない場合

譲渡の後に、買主から想定していなかった要求を受ける、あるいは補償の請求を受けるといった事態が生じることがあります。この場合、株式譲渡契約書及び引継ぎに関する契約の定めに立ち返って、義務の範囲を確認することとなります。

譲渡の後に生じる紛争の類型及び対応につきましては、表明保証違反に関する解説をご覧ください。

相談すべき時期

引継ぎに関するご相談は、株式譲渡契約書の交渉と同じ時期にいただく必要があります。引継ぎの条件は、代金の額と一体として交渉されるものであり、契約の締結の後に有利に変更することは困難であるためです。

特に、稼働の頻度及び報酬を定めないまま「協力する」とのみ約した場合、後に紛争となります。株式譲渡契約書の交渉をご参照ください。

相談の前に用意する資料

  • 株式譲渡契約書(引継ぎに関する条項を含みます)
  • 買主から提示された顧問契約書又は委任契約書の案文
  • 役員退職慰労金規程
  • 主要な取引先の一覧及び担当者の状況
  • 許認可の証明書
  • 譲渡の後に予定している活動がある場合、その内容

引継ぎの条件に合意する前に確認する事項

  • 期間の開始及び終了の日が明記されているか
  • 職務の内容が具体的に列挙されているか
  • 稼働の頻度及び勤務の場所が定められているか
  • 報酬の額、支給の時期及び実費の負担が明確か
  • 役員として残留するのか、顧問等として関与するのか
  • 中途で終了できる仕組みが設けられているか
  • 競業避止の義務の範囲が、譲渡の後の活動の予定と整合するか
  • 役員退職慰労金の支給の時期と、残留の形式とが整合するか

当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与

譲渡の後の統合は、買主の課題であると同時に、売主にとっては義務の範囲を画する問題です。当法人は、引継ぎの内容の整理、期間及び報酬の設計並びに取引先への説明の準備をご支援いたしております。引継ぎに関する契約の作成及び審査並びに譲渡の後に生じた請求への対応につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。

引継ぎの形式ごとの比較

形式 売主が負う義務 報酬 売主にとっての当否
取締役として残留 善良な管理者の注意をもって職務を行う義務(会社法第330条、民法第644条)。任務を怠った場合の損害賠償責任(会社法第423条第1項) 役員報酬 権限がないにもかかわらず責任のみを負う事態が生じ得ます。慎重な判断を要します
監査役として残留 監査の職務。同様に善管注意義務を負います 役員報酬 業務執行から離れる一方、監査の責任を負います
顧問又は相談役 契約に定めた助言の提供 顧問料 最も適しております。役員としての責任を負いません
従業員として在籍 労働契約上の義務。指揮命令に服します 賃金 前経営者が指揮命令に服する関係は、実務上機能しにくいです
定めのない協力 不明確です 無報酬となりがちです 最も避けるべき形態です

顧問契約に定めるべき条項の具体例

条項 記載例
期間 「令和○年○月○日から令和○年○月○日までの1年間とする。更新は、期間の満了の1か月前までに双方が書面により合意した場合に限る」
職務の内容 「(1)主要な取引先への紹介及び同行(2)業務の手順に関する説明(3)許認可に関する手続への協力(4)その他甲が個別に依頼し、乙が承諾した事項」
稼働の頻度 「1か月あたり8日を上限とする。これを超える稼働は、別途協議のうえ追加の報酬を定める」
勤務の場所 「出社を要する場合は、事前に日時を協議する。遠隔による対応を妨げない」
報酬 「月額金○円(消費税別)とし、当月分を当月末日限り支払う。交通費その他の実費は甲の負担とする」
中途での終了 「双方は、3か月前に書面により通知することにより、本契約を終了させることができる」
責任の限定 「乙の助言は情報の提供にとどまり、その結果を保証するものではない。ただし、故意又は重過失による場合はこの限りでない」
指揮命令 「乙は甲の従業員ではなく、甲の指揮命令に服さない」

引継ぎの90日間の工程

時期 行うこと
第1週 従業員への説明。組織図及び役割の共有。相談の窓口の明確化
第2週から第4週 主要な取引先への挨拶及び紹介。優先順位の高い先から順に訪問いたします
第3週から第6週 金融機関への説明。代表者の変更の届出への同行
第4週から第8週 業務の手順の伝承。書面化されていない事項の文書化
第6週から第10週 許認可に係る手続への協力。所管の官庁との折衝
第8週から第12週 係属中の事案の引継ぎ。紛争、交渉中の案件、進行中の工事
第12週 引継ぎの完了の確認。残る事項の一覧化及び対応の期限の合意

競業避止の義務の範囲を交渉する際の観点

要素 買主が求める内容 売主が求めるべき修正
期間 5年 2年から3年。譲渡代金の額との均衡を主張いたします
地域 日本国内全域 対象会社が現に事業を行う都道府県に限定いたします
事業の範囲 「同種又は類似の事業」 対象会社が現に行う具体的な事業を列挙いたします
対象となる行為 「自ら行い、又は第三者をして行わせること」 出資の割合が一定未満の投資を除外いたします
従業員の勧誘 全従業員につき5年 在職中の者に限り、期間を2年といたします
違反の効果 違約金として代金の一定割合 実損の賠償にとどめるか、違約金の額を減じます
例外 なし 譲渡の後に予定している活動がある場合、あらかじめ例外として明記いたします

なお、会社法第21条は、事業を譲渡した会社が、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内において、20年間は同一の事業を行ってはならない旨を定めております。株式の譲渡の場合には同条は直接には適用されませんが、交渉の際の一つの参照点となり得ます。

譲渡の後に売主が請求を受ける典型的な場面

場面 売主が確認すべきこと
未払の割増賃金の請求が従業員からなされた 開示一覧に記載していたか。補償の期間内か。免責額を超えるか
税務調査により追徴を受けた 補償の期間内か。租税に関する事項につき期間が延長されていないか
取引先から瑕疵の主張を受けた 1件あたりの下限を超えるか。表明保証の対象となる事項か
主要な取引先が取引を終了した 表明保証の対象ではないのが通例です。誓約の違反にも当たりません
業績が計画を下回った 事業計画は表明保証の対象外とされるのが通例です
引継ぎの稼働を過大に要求された 契約に定めた稼働の頻度を超えていないか

譲渡の後の統合をめぐって実際に生じる誤解

  • 「代金を受け取れば関係は終わる」 補償の期間中は請求を受ける可能性があります。引継ぎの義務も残ります
  • 「役員として残れば発言権がある」 株主は買主ですので、役員の選任及び解任の権限は買主にあります
  • 「従業員が相談に来るのは信頼の証である」 新体制の機能を妨げます。窓口を明確にすることが双方の利益にかないます
  • 「協力すると約束しただけだから、いつでもやめられる」 契約上の義務です。中途での終了の条項がなければ、一方的に終了させることはできません
  • 「競業避止は同じ商売をしなければよい」 「類似の事業」の定義が広範であると、想定外の活動が制限されます

統合の100日間の計画

譲渡の後の統合につきましては、中小企業庁が令和4年3月に公表した「中小PMIガイドライン」が、基本的な考え方を示しております。同ガイドラインは、統合の作業を「経営の統合」「信頼関係の構築」「業務の統合」の3つに分け、成約の前から準備を始めることを求めております。売主の側から見ますと、次の区分により考えると分かりやすくなります。

  • 成約前 引継ぎの範囲、期間及び対価を契約に定めます。従業員への説明の時期と内容を買主と決めます
  • 第1日から第30日まで 従業員及び主要な取引先への説明を終えます。売主は買主の担当者に同行し、紹介を行います
  • 第31日から第60日まで 業務の手順、決裁の権限、会計及び給与の処理の方法を確認いたします。売主が個人の判断により行ってきた事項を書面に落とします
  • 第61日から第100日まで 買主の担当者が単独で運営できる状態を目指します。売主の関与は照会に応じる程度に減らしてまいります

離職への備えと、統合の効果の検証

統合の期間において最も大きな危険は、事業の中核を担う従業員の離職です。備えとしては、第1に、成約の前に対象となる者を特定しておくこと、第2に、処遇の維持又は改善を買主との間で確認しておくこと、第3に、説明の順序を誤らないことです。全体への説明の前に、中核を担う者に対して個別に説明を行うことが通例です。

統合の効果につきましては、成約から6か月及び12か月の時点で、当初に見込んだ効果と実績とを対照いたします。売上の増加、費用の削減、人員の配置の3点について、金額により確認いたします。売主が対価の一部をアーンアウトにより受け取る場合には、この検証の結果が受領額に直接に影響いたします。

なお、引継ぎの期間中の売主の立場は、顧問又は非常勤の取締役とすることが通例です。いずれによるかにより、報酬の取扱い、責任の範囲及び社会保険の適用が異なりますので、契約の締結の前に確認いたします。

引継ぎの内容は、口頭の約束にとどめず、範囲、頻度及び期間を書面により定めておきます。

当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。これらに当たる部分は、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

会社の譲渡をご検討の経営者様に向けて、当法人の取扱内容、進め方及び費用の考え方を次のご案内に整理しております。

なお、株式譲渡契約書の作成及び審査、表明保証、少数株主対策、許認可の承継その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所において承っております。