株式譲渡契約書の交渉 表明保証、補償及び誓約条項において売主が確認すべき事項

デュー・ディリジェンスが終わりますと、買主から株式譲渡契約書の案文が届きます。分量は20枚から40枚に及ぶことが通例であり、そのうち半分近くを表明保証及び補償に関する条項が占めます。基本合意書が数枚であったのに比べ、突然に分量が増えますので、どこから読めばよいのかが分かりにくい書面です。

先に結論を申し上げます。売主にとって重要なのは、代金の額そのものよりも、受け取った代金をどこまで確定的に保持できるかです。これを決めるのが、表明保証の範囲、補償の期間及び上限、並びに誓約の内容です。本頁では、売主の立場から確認すべき条項を順に申し上げます。

契約書の全体の構成

条項 内容
譲渡の合意及び代金 対象となる株式の数、代金の額、支払の方法
代金の調整 クロージング時の純有利子負債又は運転資本による増減
クロージングの前提条件 充足されない場合、買主は実行の義務を負いません
表明保証 売主及び対象会社に関する事実の保証
誓約 クロージングまで及びクロージング後に負う作為又は不作為の義務
補償 表明保証の違反等により生じた損害の負担
解除 クロージングの前に契約から離脱できる場合
一般条項 秘密保持、公表、準拠法、管轄

第1 代金の調整に関する条項

代金が確定額とされている場合と、クロージング時の財務の状況により調整される場合とがあります。調整の仕組みは、次の2つに大別されます。

  • クロージング時の実額により調整する方式 クロージング後に作成する計算書に基づき、純有利子負債及び運転資本の実額により代金を増減いたします。売主にとっては、クロージングの後まで金額が確定しない不安定さがあります
  • 基準日の計算書により固定する方式 一定の基準日の計算書により代金を確定し、その後の変動は買主が負担いたします。売主にとっては金額が早期に確定する利点があります

実額により調整する方式を採る場合、次の点を確認する必要があります。

  • 運転資本の定義。どの勘定科目を含めるかにより、金額が大きく変わります
  • 基準となる運転資本の水準の決め方。過去12か月の平均によるのが通例です
  • 計算書の作成者及び売主による確認の機会の有無
  • 争いが生じた場合の解決の方法。第三者である公認会計士による判断とする例が多くあります
  • 調整の上限の有無

第2 クロージングの前提条件に関する条項

前提条件が充足されない場合、買主は代金の支払及び株式の取得の義務を負いません。売主としては、自らの努力によって充足できない条件が置かれていないかを確認する必要があります。

  • 表明保証がクロージングの時点においても真実であること。「重要な点において」といった限定が付されているかを確認いたします
  • 誓約の履行
  • 主要な取引先からの同意の取得。支配権の変動に関する条項がある場合に置かれます。取得できるかどうかは相手方の意思に依存いたしますので、努力義務にとどめる交渉が考えられます
  • 重要な従業員の在籍。退職は本人の意思によりますので、範囲を限定すべきです
  • 重大な悪影響が生じていないこと。この文言の定義が広範であると、買主の離脱を容易にいたします
  • 少数株主からの株式の取得の完了
  • 経営者保証の解除又はこれに代わる措置

第3 表明保証に関する条項

表明保証とは、一定の時点における事実が真実かつ正確であることを保証するものです。違反があった場合、補償の条項に基づき損害を負担することとなります。

売主が保証を求められる主な事項は、次のとおりです。

  • 売主が株式を適法に保有し、譲渡につき制限がないこと
  • 対象会社が適法に設立され、存続していること
  • 発行済株式の総数及び株主の構成が記載のとおりであること
  • 計算書類が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従い作成され、財政状態を適正に示していること
  • 開示された以外に債務が存在しないこと
  • 租税の申告及び納付を適正に行っていること
  • 労働関係の法令を遵守し、未払の賃金が存在しないこと
  • 係属中の紛争が存在しないこと
  • 許認可を適法に有し、取消しの事由が存在しないこと
  • 反社会的勢力に該当せず、関係を有しないこと

売主として交渉すべき点は、次のとおりです。

  1. 知り得る限りという限定 「売主の知る限り」との限定を付すことにより、認識していなかった事実についての責任を回避することができます。ただし、買主は限定の範囲を狭めようといたします
  2. 重要性の限定 「重要な点において」との限定を付します
  3. 金額の下限 一定額以下の事項を対象から除外いたします
  4. 開示一覧による除外 デュー・ディリジェンスにおいて開示した事項を一覧に記載し、保証の対象から除外いたします。これが最も確実な防御です
  5. 保証の時点 契約の締結時のみとするか、クロージング時にも繰り返すか

表明保証の違反をめぐる紛争の実際につきましては、表明保証違反に関する解説を、簿外債務の請求につきましては簿外債務の請求に関する解説をご覧ください。

第4 補償に関する条項

売主にとって最も重要な条項です。次の各要素により、負担し得る金額の上限と期間が定まります。

要素 売主が求めるべき内容
請求可能な期間 1年から2年。租税に関する事項のみ更正の期間に合わせる例があります
金額の上限 代金の額の一定割合。可能な限り低く設定いたします
免責額 一定額に達するまで請求できないものといたします
1件あたりの下限 少額の請求を排除いたします
損害の範囲 現実に生じた直接の損害に限定し、逸失利益及び間接損害を除外いたします
買主の認識の効果 買主が違反を認識していた事項については請求できないものといたします
代金の留保 代金の一部を留保する仕組みが置かれる場合、留保の期間及び解放の条件を確認いたします

なお、期間の制限及び金額の上限が適用されない特別補償が設けられることがあります。デュー・ディリジェンスにおいて発見された具体的な事項について置かれるものです。売主としては、対象を限定し、金額の上限を付すことを求めるべきです。

第5 誓約に関する条項

クロージングの後に売主が負う義務のうち、実務上問題となりやすいのが競業避止の義務です。

  • 期間 2年から5年が通例です
  • 地域 対象会社が事業を行う地域に限定することを求めます
  • 事業の範囲 「同種の事業」の定義が広範であると、譲渡の後の活動が過度に制限されます
  • 従業員の勧誘の禁止 期間及び対象者の範囲を確認いたします
  • 違反の効果 違約金の定めが置かれる場合、その金額の相当性を検討いたします

また、売主が一定期間役員又は従業員として残留する場合には、その期間、職務の内容、報酬及び終了の条件を、別途の契約により定めることとなります。

相談すべき時期

株式譲渡契約書に関するご相談は、案文を受領した直後にいただく必要があります。表明保証の一覧は、デュー・ディリジェンスにおける開示の内容と照合しながら作成する必要がありますので、開示の記録が手元にある段階で着手することが望まれます。

なお、基本合意書の段階で補償の上限及び期間の考え方を書き入れておくことができれば、この段階での交渉が容易になります。基本合意書の締結をご参照ください。

相談の前に用意する資料

  • 株式譲渡契約書の案文
  • 基本合意書
  • デュー・ディリジェンスにおいて提出した資料の一覧及び質問への回答書
  • 買主から伝達された発見事項の一覧
  • 株主名簿及び定款
  • 役員退職慰労金の支給を予定する場合、役員退職慰労金規程

署名の前に確認する事項

  • デュー・ディリジェンスにおいて開示した事項が、開示一覧に漏れなく記載されているか
  • 補償の期間、金額の上限、免責額及び1件あたりの下限が定められているか
  • 特別補償の対象が限定され、金額の上限が付されているか
  • 代金の調整の仕組みにおいて、運転資本の定義及び基準の水準が明確か
  • クロージングの前提条件のうち、自らの努力では充足できないものが含まれていないか
  • 競業避止の義務の期間、地域及び事業の範囲が過度に広範でないか
  • 代金の留保がある場合、解放の時期及び条件が明確か
  • 役員退職慰労金として支給する部分の取扱いが定められているか

当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与

株式譲渡契約書の交渉は、条項ごとに独立して行うものではありません。表明保証の範囲を狭めれば買主は補償の上限の引上げを求め、補償の期間を短縮すれば代金の留保を求めるという具合に、条件は相互に連関いたします。当法人は、全体としてどこに落とし込むかという設計を踏まえたうえで、条項ごとの交渉をご支援いたしております。案文の審査、修正案の作成及び交渉の代理につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。

補償の条項が実際にどう働くか 数値による例示

補償の条項は、条文を読んだだけでは負担の大きさが分かりません。次の設定により、条件の相違が結果にどう表れるかを示します。数値は説明のための仮定です。

設定 内容
譲渡代金 5億円
補償の上限 代金の2割(1億円)
免責額 500万円(超過部分のみを補償)
1件あたりの下限 50万円
請求可能な期間 クロージングから18か月

クロージングの後に、次の3件が判明したと仮定いたします。

事案 損害額 判明の時期 補償の可否
未払の割増賃金の請求 3,000万円 12か月後 対象となります
取引先からの瑕疵の主張 40万円 6か月後 1件あたりの下限に満たず、対象外です
税務調査による追徴 2,000万円 24か月後 期間の経過により対象外です

補償の対象となるのは第1の事案のみであり、免責額500万円を控除した2,500万円が売主の負担となります。上限1億円には達しておりません。

この例から分かりますとおり、期間の設定が最も効果的な防御です。税務に関する事項につきましては、国税通則法第70条が定める更正の期間を意識して、5年又は7年とすることを求められることがあります。売主としては、税務に関する事項のみ期間を延長し、他の事項は18か月にとどめるという交渉が現実的です。

表明保証の条項を1つずつ点検する際の着眼点

条項 売主が求めるべき限定
計算書類の正確性 「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従い」の文言に加え、「重要な点において」の限定を付します。中小企業の会計に関する指針又は基本要領によっている旨を明記することも考えられます
開示された以外に債務が存在しないこと 「売主の知る限り」の限定を付し、かつ通常の事業の過程において生じた債務を除外いたします
租税の適正な申告及び納付 「重要な点において」の限定。過去の税務調査における指摘事項を開示一覧に記載いたします
労働関係法令の遵守 最も厳しく交渉される条項です。未払の割増賃金の見込額を開示一覧に記載し、対象から除外することを求めます
係争の不存在 「売主の知る限り」の限定。書面による請求を受けているものに限定いたします
知的財産権 第三者の権利を侵害していないことにつき、「売主の知る限り」の限定を付します
環境 土壌の汚染につき、調査を実施していない場合はその旨を明記いたします
個人情報 漏えいが生じていないことにつき、「売主の知る限り」の限定を付します

代金の調整の仕組みが売主に不利に働く場面

運転資本による調整は、一見すると中立ですが、次の場面では売主に不利に働きます。

  • 季節による変動が大きい事業 繁忙期の直後をクロージングとした場合、売掛金が通常より多く、基準を過去12か月の平均としますと、売主に有利となります。逆に閑散期の直後では不利となります。クロージングの時期の選択が金額に影響することを意識する必要があります
  • 前受金が多い事業 前受金を運転資本の減算項目とする場合、前受金が多いほど代金が減少いたします。工事の請負、年間契約の役務提供等では、この点の確認が不可欠です
  • 計算書の作成を買主が行う場合 売主による確認の機会及び異議の手続が定められていないと、一方的な算定を受け入れざるを得なくなります
  • 調整に上限がない場合 想定を超える減額が生じ得ます

クロージングの前提条件のうち、売主が削除を求めるべきもの

条件 問題点 求めるべき修正
主要な取引先の全部からの同意 相手方の意思に依存し、売主に統制できません 対象を限定し、又は努力義務にとどめます
重要な従業員の全員の在籍 退職は本人の意思によります 氏名を特定し、人数の下限を定めます
重大な悪影響が生じていないこと 定義が広範であると、買主の離脱を容易にいたします 定義に、経済全般又は業界全般の変動を除外する旨を加えます
買主における資金の調達の完了 買主の事情により取引が不成立となります 削除を求めます
買主の社内の承認 契約の締結の時点で完了しているべき事柄です 削除を求めます

締結からクロージングまでに売主が負う誓約

契約の締結からクロージングまでの期間、売主は対象会社の運営につき一定の制約を負います。実務上、次の行為には買主の事前の承諾を要するものとされるのが通例です。

  • 一定額を超える資産の取得又は処分
  • 一定額を超える借入れ又は保証
  • 役員の選任及び解任
  • 役員報酬及び従業員の賃金の変更
  • 剰余金の配当
  • 定款の変更
  • 重要な契約の締結、変更又は解除
  • 通常の事業の過程を超える行為

これらの制約は、期間が長引くほど経営の自由度を奪います。したがいまして、締結からクロージングまでの期間を必要最小限にとどめることが、売主の利益にかないます。詳細はクロージングをご覧ください。

条件の相互の連関を数値により確認する

表明保証、補償及び誓約の各条項は、それぞれ独立に決まるものではありません。1つを緩めれば他が締まるという関係にありますので、条件は必ず組合せとして比較いたします。代金10億円の案件を例といたしますと、次のような組合せが考えられます。

  • 組合せ1 表明保証の範囲は広く、補償の上限は代金の10%(1億円)、請求の期間は2年、免責の金額は500万円
  • 組合せ2 表明保証の範囲を労務及び税務に限り、補償の上限は代金の20%(2億円)、請求の期間は1年、免責の金額は1,000万円
  • 組合せ3 表明保証の範囲は広いが、補償の上限は代金の5%(5,000万円)、請求の期間は1年6か月、代金の3%(3,000万円)を1年間留保する

組合せ1と組合せ2とを比べますと、上限の金額は組合せ2の方が大きいものの、対象となる事項が限定されておりますので、売主にとってどちらが有利かは会社の実情によります。労務及び税務に不安がある会社では組合せ1が有利であり、それ以外の事項に不確実性がある会社では組合せ2が有利です。組合せ3は、上限が最も低い一方で、代金の一部が留保されますので、資金の使途に予定がある売主には向きません。

売主の側から条件を組み立てる順序

交渉においては、次の順序により条件を組み立てることが実務上有効です。第1に、絶対に受け入れられない事項を1つないし2つに絞ります。多くの売主にとっては、補償の上限が代金の全額に及ぶこと、及び請求の期間に定めがないことがこれに当たります。第2に、譲ってもよい事項を明示いたします。第3に、譲る代わりに求める事項を対にして提示いたします。たとえば、表明保証の範囲を広く認める代わりに補償の上限を代金の10%に抑える、といった提示です。

また、開示による免責の仕組みを活用いたします。デュー・ディリジェンスにおいて回答書により開示した事項は、別表に記載することにより表明保証の対象から除くことができます。回答書を一覧の形で積み上げておくことが、ここで役に立ちます。

クロージングの後に生じる負担の見込み

誓約の条項のうち、競業避止の義務及び従業員の勧誘の禁止は、クロージングの後も売主を拘束いたします。期間は2年から5年、地域は事業を行っていた都道府県又は隣接する地域とされることが多く、対象となる事業の範囲は、譲渡の対象となった会社が行っていた事業と同一又は類似のものとされます。譲渡の後に別の事業を始める予定がある場合には、その事業が範囲に含まれないことを、締結の前に確認しておく必要があります。

条項の審査に関する担当の切り分け

本頁は、売主が契約書を読む際の着眼点を扱うものです。案文の審査、修正案の作成及び交渉の代理は、弁護士でなければ行うことができない業務です。当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人ですので、これらは取り扱いません。条項の設計につきましては株式譲渡契約書の条項を売主の側から読む方法を、表明保証の違反が生じた後の処理につきましては弁護士法人M&A総合法律事務所の媒体を、それぞれご覧ください。

表明保証の各項目を点検する際の着眼点

表明保証の条項は、項目ごとに「知る限り」という限定(ノレッジ・クオリファイア)及び「重要な」という限定(マテリアリティ・クオリファイア)を付すことができます。売主にとっては、これらの限定を付すことが負担の軽減につながりますが、全ての項目に付すことは買主が受け入れません。そこで、次の基準により優先順位を定めます。

  • 売主が自ら確認できる事項(株式の保有、定款、登記、決算書の作成) 限定を付さずに保証しても差し支えありません
  • 会社の内部の事務に属し、経営者が全てを把握しているとは限らない事項(契約の履行の状況、労務の管理、許認可の遵守) 「知る限り」の限定を求めます
  • 第三者の行為に関わる事項(取引先の状況、従業員による違法な行為の不存在、第三者の知的財産権の侵害の不存在) 「知る限り」及び「重要な」の双方の限定を求めます
  • 将来の事象に関わる事項 そもそも表明保証の対象とすべきではありません

代金の調整の仕組みが不利に働く場面

代金の調整には、クロージングの時点の貸借対照表に基づき事後に精算する方式と、あらかじめ金額を固定する方式(ロックト・ボックス)とがあります。事後の精算による場合、売主にとって不利に働くのは次の3つの場面です。第1に、基準となる運転資本の水準が、季節による変動の大きい時期の数値により定められている場合です。第2に、精算の対象となる項目の定義が広く、かつ買主の側の会計方針により算定される場合です。第3に、精算の結果に争いが生じた場合の解決の方法が定められていない場合です。第三者である会計士の判断によるという定めを置くだけで、争いの長期化を避けることができます。

補償の請求が現実に行われる場面

補償の条項は、締結の時点では抽象的に見えますが、現実に請求が行われるのは、次の3つの場面がほとんどです。第1に、譲渡の後に税務調査が行われ、過去の期間について追徴が生じた場面です。第2に、譲渡の前から在職していた従業員から、未払の割増賃金の請求を受けた場面です。第3に、譲渡の前に納入した製品又は提供した役務について、取引先から責任を問われた場面です。

いずれも、譲渡の前の期間に原因を有するものです。したがって、売主としては、この3つの領域について、締結の前にどこまで確認が済んでいるかを整理しておくことが、最も実効的な備えとなります。

当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

会社の譲渡をご検討の経営者様に向けて、当法人の取扱内容、進め方及び費用の考え方を次のご案内に整理しております。

なお、株式譲渡契約書の作成及び審査、表明保証、少数株主対策、許認可の承継その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所において承っております。