役員退職慰労金による受取り 譲渡代金との配分の考え方と、手続上の留意事項

会社の譲渡に際して、代金の全部を株式の譲渡代金として受け取るのではなく、その一部を役員退職慰労金として受け取る方法があります。仲介会社又は税理士から、この方法を勧められた経営者の方も多いことと存じます。

この方法は、課税の面において有利となる場合がありますが、必要な手続を踏まなければ、支給そのものが無効とされ、あるいは損金として認められない可能性があります。本頁では、配分の考え方と、手続上の留意事項を申し上げます。

配分により何が変わるのか

買主が支払う総額が同一であっても、株式の譲渡代金とする部分と、役員退職慰労金とする部分との配分により、次の点が変わります。

  • 売主の課税の区分 株式の譲渡による所得は譲渡所得として分離課税の対象となり、役員退職慰労金は退職所得として課税されます。いずれも他の所得と分離して課税されますが、税率及び控除の仕組みが異なります
  • 会社の損金 役員退職慰労金は、不相当に高額でない限り、会社の損金に算入されます(法人税法第34条第2項)。損金に算入されれば、会社の法人税等の負担が減少いたします
  • 会社の純資産 支給により会社の現預金が減少いたしますので、株式の価値が減少いたします。したがいまして、株式の譲渡代金は、支給額に応じて減額されるのが通例です

すなわち、この方法は、買主にとっては会社の損金が生じる点で有利となり得るものであり、売主にとっては課税の区分が変わるものです。双方の利害が一致する場合に採用されます。

退職所得の課税の仕組み

退職所得の金額は、その年中に支払を受ける退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1に相当する金額とされております(所得税法第30条第2項)。退職所得控除額は、勤続年数が20年以下の場合は勤続年数に40万円を乗じた金額(80万円に満たない場合は80万円)、20年を超える場合は800万円に20年を超える年数に70万円を乗じた金額を加えた金額です(所得税法第30条第3項)。

ただし、役員等としての勤続年数が5年以下である者が支払を受ける特定役員退職手当等につきましては、2分の1とする措置が適用されないこととされております(所得税法第30条第4項、第5項)。長年にわたり役員を務めてこられた方には該当いたしませんが、就任から間もない役員に支給する場合には注意を要します。

なお、具体的な税額の計算及び有利不利の判断につきましては、税理士のご確認をいただく必要があります。当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所は、税務代理を行うものではありません。

不相当に高額とされないための考え方

役員退職給与のうち、不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されません(法人税法第34条第2項、法人税法施行令第70条第2号)。実務におきましては、次の算式による金額が一つの目安として用いられております。

最終報酬月額 × 役員としての在任年数 × 功績倍率

功績倍率は、代表取締役につき3.0程度が用いられる例が多くありますが、法令に定められた数値ではありません。同業種、同規模の法人における支給の状況との比較により判断されるものです。功績倍率の考え方につきましては、功績倍率に関する解説をご覧ください。

この算式に加え、在任中の功績に対する加算が行われることがありますが、加算の根拠を説明できる資料を整えておく必要があります。

支給に必要な手続

  1. 定款の定め又は株主総会の決議 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益は、定款に定めていないときは株主総会の決議によって定めるとされております(会社法第361条第1項)。役員退職慰労金も、この報酬等に含まれると解されております。したがいまして、株主総会の決議を経ずに支給することはできません
  2. 決議の内容 株主総会において総額の上限を定め、具体的な金額、時期及び方法を取締役会に一任することも許されるとされておりますが、この場合には、支給の基準が明確に定められ、かつ、株主が当該基準を知り得る状態にあることが必要であるとされております。役員退職慰労金規程を整備し、株主が閲覧できる状態としておくことが望まれます
  3. 取締役会の決議 一任を受けた場合、取締役会において具体的な金額を決定いたします
  4. 議事録の作成 株主総会及び取締役会の議事録を作成いたします
  5. 退任の事実 支給の前提として、役員を退任していることが必要です。登記により退任の事実を明らかにいたします
  6. 源泉徴収 支給に際し、所得税及び復興特別所得税並びに住民税を源泉徴収いたします。退職所得の受給に関する申告書の提出を受ける必要があります

実務上、問題となりやすい点

  • 退任していないにもかかわらず支給する場合 代表取締役を退任して取締役として残留する、あるいは非常勤の取締役として残る場合、実質的に退職したと認められるか否かが問題となります。分掌変更に伴う支給が退職給与として認められるためには、その職務の内容又は地位が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあることが必要とされております。譲渡の後に引継ぎのため残留する場合には、この点の検討が不可欠です
  • 支給の時期 クロージングの前に支給するか、後に支給するかにより、原資の負担者が実質的に異なります。買主との協議において明確に定める必要があります
  • 分割による支給 資金繰りの都合により分割して支給する場合、譲渡の後に買主が支払を行うこととなりますので、支払を確保する仕組みを設ける必要があります
  • 株主総会の決議の瑕疵 少数株主が存在する場合、決議の手続に瑕疵があると、後に決議の取消しを求められる可能性があります(会社法第831条第1項)
  • 買主の意向 買主が損金の算入を望まない場合、又は不相当に高額であるとして否認される危険を懸念する場合には、この方法を採用できないことがあります

株式譲渡契約書における定め

役員退職慰労金の支給を予定する場合、株式譲渡契約書において次の事項を定めておく必要があります。

  • 支給の金額及び時期
  • 支給に必要な株主総会及び取締役会の決議を行うことが、いずれの当事者の義務であるか
  • 支給がクロージングの前提条件とされるか
  • 支給の額が税務上否認された場合の取扱い
  • 株式の譲渡代金と支給額との合計が確保される仕組み

詳細は株式譲渡契約書の交渉をご参照ください。

相談すべき時期

役員退職慰労金に関するご相談は、意向表明書を受領した段階にいただくことが望まれます。総額のうちどれだけを支給に充てるかは、価格の交渉と一体をなすものであり、契約の締結の直前に持ち出しても買主の同意を得ることが困難であるためです。

また、役員退職慰労金規程が整備されていない場合、株主総会の決議の準備に時間を要します。意向表明書を受領したときをご参照ください。

相談の前に用意する資料

  • 役員退職慰労金規程(存在する場合)
  • 直近の役員報酬の額が分かる資料
  • 役員の在任期間が分かる履歴事項全部証明書
  • 直近3期分の決算書一式
  • 株主名簿及び定款
  • 過去に役員退職慰労金を支給した実績がある場合、その決議及び算定の資料
  • 意向表明書又は株式譲渡契約書の案文

支給の方針を決める前に確認する事項

  • 役員退職慰労金規程が整備されているか。株主が知り得る状態にあるか
  • 株主総会の決議を得られる株主構成であるか。少数株主の同意が必要か
  • 算定の根拠、特に功績倍率の設定を説明できるか
  • 譲渡の後に役員として残留する予定がある場合、実質的に退職したと認められる状態となるか
  • 支給の時期がクロージングの前か後か。原資をいずれが負担するか
  • 買主が支給に同意しているか。株式譲渡契約書に定めが置かれているか
  • 税務上の取扱いにつき、税理士の確認を得ているか

当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与

役員退職慰労金による受取りは、税務の論点であると同時に、会社法上の手続の論点です。手続に瑕疵があれば、支給そのものが争われます。当法人は、配分の設計、買主との協議及び日程の組立てをご支援いたしております。株主総会及び取締役会の手続、役員退職慰労金規程の整備並びに株式譲渡契約書における定めにつきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。なお、税額の計算及び税務上の判断につきましては、税理士にご確認いただく必要があります。

算定の例示 功績倍率による計算

実務上広く用いられる算式により計算いたします。数値は説明のための仮定であり、当法人が特定の水準を推奨するものではありません。

項目 数値
最終報酬月額 150万円
役員としての在任年数 30年
功績倍率 3.0

150万円 × 30年 × 3.0 = 1億3,500万円

功績倍率は法令に定められた数値ではありません。同業種、同規模の法人における支給の状況との比較により判断されるものです。3.0を超える倍率を用いる場合には、在任中の功績を裏付ける資料を整えておく必要があります。

退職所得控除額の計算

勤続年数30年の場合、退職所得控除額は、800万円に、20年を超える10年に70万円を乗じた700万円を加えた1,500万円です(所得税法第30条第3項)。

退職所得の金額は、1億3,500万円から1,500万円を控除した1億2,000万円の2分の1に相当する6,000万円となります(所得税法第30条第2項)。この金額に対し、所得税及び復興特別所得税並びに住民税が課されます。

なお、具体的な税額の計算並びに有利不利の判断につきましては、税理士にご確認いただく必要があります。当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所は税務代理を行うものではありません。

配分の設計 総額を一定として比較する

買主が支払う総額を6億円と仮定し、配分による相違を示します。

配分 株式の譲渡代金 役員退職慰労金 留意点
配分をしない 6億円 0円 手続は最も簡明です
1億円を支給 5億円 1億円 会社の現預金が1億円減少するため、株式の価格もその分減少いたします
1億3,500万円を支給 4億6,500万円 1億3,500万円 算式による水準です。不相当に高額とされる危険が相対的に低いです
2億円を支給 4億円 2億円 算式による水準を大きく超えます。不相当に高額として損金算入が否認される危険があります

ここで重要なのは、支給により会社の現預金が減少する以上、株式の価格は同額だけ減少するのが理論的であるという点です。「役員退職慰労金を別に受け取れば、その分だけ手取りが増える」という理解は誤りです。総額は一定であり、配分により課税の区分が変わるにとどまります。

もっとも、買主にとっては損金が生じる利点がありますので、その利点を価格の交渉において主張することは可能です。

支給の時期による相違

時期 原資 留意点
クロージングの前に支給 会社の現預金 株式の価格が支給額だけ減少いたします。支給の手続を売主側で完結できます。会社の資金繰りに注意を要します
クロージングと同時に支給 会社の現預金 最も一般的です。当日の資金の流れを事前に確認いたします
クロージングの後に支給 会社の現預金(買主の支配下) 支払を確保する仕組みが必要です。株式譲渡契約書に支給の義務を明記いたします
分割して支給 同上 支払の確保に加え、税務上の取扱いにつき確認を要します

株主総会の決議と役員退職慰労金規程

役員退職慰労金は、取締役の報酬等(会社法第361条第1項)に含まれると解されており、定款に定めがない限り株主総会の決議によって定める必要があります。

実務上、株主総会において総額の上限を定め、具体的な金額、時期及び方法を取締役会に一任することが行われております。この場合、支給の基準が明確に定められ、かつ株主が当該基準を知り得る状態にあることが必要とされております。したがいまして、次の手当てが望まれます。

  • 役員退職慰労金規程を整備し、算定の方法(最終報酬月額、在任年数、功績倍率)を明記すること
  • 規程を本店に備え置き、株主の閲覧に供する状態とすること
  • 株主総会の招集の通知又は参考書類において、規程の存在及び閲覧の方法を示すこと
  • 議事録に、一任の範囲及び基準の存在を明記すること

少数株主が存在する場合、この手続の瑕疵は、決議の取消しの訴え(会社法第831条第1項)の原因となり得ます。譲渡の後に紛争が生じることを避けるため、手続を厳格に履践する必要があります。

分掌変更に伴う支給の可否

譲渡の後に引継ぎのため残留する場合、実質的に退職したと認められるかが問題となります。分掌変更に伴う支給が退職給与として認められるためには、その職務の内容又は地位が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあることが必要とされております。

残留の形態 実質的な退職と認められる可能性
全ての役職を退任し、関与しない 問題は生じません
代表取締役を退任し、顧問となる。経営に関与しない 職務の内容が激変しているといえる場合が多くあります
代表取締役を退任し、非常勤の取締役として残る 報酬の減少の程度、業務執行への関与の有無により判断されます
代表取締役のまま在任し、支給のみを受ける 認められません

報酬の額が従前の水準から大きく減少していること、業務執行に関する意思決定に関与していないことを、記録により示せる状態を整えておくことが望まれます。

株式譲渡契約書に置くべき条項の記載例

事項 記載例
支給の義務 「対象会社は、クロージング日において、売主に対し役員退職慰労金として金○円を支払うものとし、買主はこれに必要な手続が履践されるよう協力する」
決議 「売主は、クロージング日までに、支給に必要な株主総会及び取締役会の決議を経るものとする」
前提条件 「支給に必要な決議が有効に行われていることを、買主の義務の履行の前提条件とする」
価格との関係 「本条の支給がなされることを前提として譲渡価額を金○円と定めたものであり、支給がなされない場合には、当事者は譲渡価額につき協議する」
否認された場合 「支給額の全部又は一部が損金の額に算入されないこととされた場合であっても、売主は買主に対し何らの責任を負わない」(売主にとって有利な記載です)

役員退職慰労金をめぐって実際に生じる誤解

  • 「退職金を受け取れば、その分だけ手取りが増える」 会社の現預金が減少する以上、株式の価格も減少いたします。総額は一定です
  • 「税金が安いから多いほどよい」 不相当に高額とされれば損金に算入されず、買主が反対いたします
  • 「役員を辞めればいつでも支給できる」 株主総会の決議を要します(会社法第361条第1項)
  • 「規程がなくても株主総会で決めればよい」 総額の上限を定めて一任する方式による場合、支給の基準が明確であり、株主が知り得る状態にあることが必要とされております
  • 「顧問として残っても退職金は出せる」 職務の内容又は地位が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあることが必要です
  • 「税理士が問題ないと言ったから大丈夫である」 税務上の取扱いと会社法上の手続とは別の問題です。双方の確認を要します

当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。これらに当たる部分は、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

会社の譲渡をご検討の経営者様に向けて、当法人の取扱内容、進め方及び費用の考え方を次のご案内に整理しております。

なお、株式譲渡契約書の作成及び審査、表明保証、少数株主対策、許認可の承継その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所において承っております。