意向表明書を受領したとき 記載事項の読み方と、返答の前に確認すべき事項
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詳細な資料を開示した買主候補から、意向表明書が届きます。表題は、意向表明書、関心表明書、提案書等さまざまですが、価格その他の条件の見込みを示す書面である点は共通しております。
この書面を受け取った経営者の方の多くは、記載された金額に目を奪われます。しかしながら、金額の記載は前提条件を伴っており、その前提が満たされなければ後に引き下げられます。本頁では、意向表明書のどこを読み、返答の前に何を確認すべきかを申し上げます。
意向表明書の法的な性質
意向表明書は、原則として法的な拘束力を有しません。買主が一方的に差し入れる書面であり、売主がこれを受領しても契約が成立するものではありません。
もっとも、次の各点には注意を要します。
- 売主が承諾の意思を書面により表示した場合、独占交渉権の条項等につき拘束力が生じる可能性があります
- 拘束力がない場合でありましても、契約の締結に向けた交渉の過程においては、相手方の信頼を不当に裏切らないよう配慮する義務を負うと解されております。正当な理由なく交渉を破棄した当事者が損害賠償の責任を負うとされた裁判例があります
- 受領した事実を他の候補者に伝えることは、秘密保持の観点から適切ではありません
記載事項の読み方
| 記載事項 | 確認すべき点 |
|---|---|
| 譲渡の対象 | 発行済株式の全部か一部か。一部である場合、残余の株式の取扱い |
| 譲渡の方法 | 株式譲渡か、事業譲渡か、会社分割か。方法により課税及び手続が大きく異なります |
| 価格 | 確定額か幅か。株式の価格か事業の価値か。有利子負債及び現預金の取扱い |
| 価格の前提 | どの決算期の数値を基礎としているか。正常収益力の調整の内容 |
| 代金の支払 | 一括か分割か。業績連動の部分があるか。留保される部分があるか |
| 資金の調達 | 自己資金か借入れか。借入れの場合、金融機関の内諾の有無 |
| 経営者の処遇 | 退任の時期。残留を求められる場合の期間、職務及び報酬 |
| 従業員の処遇 | 雇用の維持、労働条件の変更の有無 |
| 屋号及び拠点 | 商号の存続、事業所の移転の予定 |
| 日程 | デュー・ディリジェンスの期間、最終契約及びクロージングの予定時期 |
| 前提条件 | 取締役会又は投資委員会の承認の要否 |
| 独占交渉権 | 期間及び範囲 |
金額の比較において注意すべき点
複数の意向表明書を受領した場合、金額のみを並べて比較することは適切ではありません。次の各点により、実際に手元に残る金額は大きく異なります。
- 株式の価格か、事業の価値か 事業の価値が5億円と記載されていても、借入金2億円を控除すると株式の価格は3億円となります
- 代金の調整の有無 クロージング時の運転資本により調整される場合、記載の金額から増減いたします
- 業績連動の部分 代金の一部を譲渡後の業績に連動させる仕組みが設けられている場合、支払われない可能性があります
- 留保される部分 補償の担保として一定期間留保される場合、その期間及び解放の条件を確認いたします
- 役員退職慰労金との配分 配分により、課税の後の手取額が変わります
- 経営者保証の取扱い 解除の見通しが立たない場合、借換えの原資が必要となります
手取額の考え方につきましては役員退職慰労金による受取りを、経営者保証につきましては経営者保証の解除をご覧ください。
買主の実行能力の確認
高い金額を提示した候補者が、必ずしも取引を完了させられるとは限りません。次の各点を確認する必要があります。
- 資金の調達の方法。借入れによる場合、金融機関の内諾の有無及び条件
- 社内の意思決定の手続。取締役会の承認が未了であるか、投資委員会の審査が残っているか
- 過去の取得の実績。完了に至らなかった案件の有無
- 買主自身の財務の状況
- 助言者を選任しているか。選任していない場合、手続に時間を要する可能性があります
返答の方法
意向表明書に対する返答は、次のいずれかとなります。
- そのまま受諾する 基本合意書の締結に進みます。ただし、独占交渉権の期間等につき修正を求める余地を残すべきです
- 条件の修正を求めたうえで受諾する 最も一般的です。書面により修正の希望を伝え、再提出を受けます
- 他の候補者との比較のため保留する 複数の候補者から受領している場合に採ります。ただし、いたずらに引き延ばすことは、買主の関心を失わせる原因となります
- 辞退する 書面により丁重に伝えます。理由を詳細に述べる必要はありません
いずれの場合も、返答は書面により行い、口頭での回答にとどめないことが重要です。特に、金額に納得したという趣旨の発言は、後に交渉の前提とされる可能性があります。
相談すべき時期
意向表明書に関するご相談は、受領した直後、返答をする前にいただく必要があります。一度受諾の意思を示した条件を、後から引き下げる方向に修正することは容易ですが、引き上げる方向に修正することは困難であるためです。
また、意向表明書に記載された条件は、そのまま基本合意書に引き継がれるのが通例です。この段階での修正が、その後の交渉全体に影響いたします。基本合意書の締結をご参照ください。
相談の前に用意する資料
- 受領した意向表明書の全部(複数受領している場合はその全て)
- 買主候補に開示した資料の一覧
- 締結済みの秘密保持契約書
- 仲介契約又は助言契約書
- 直近3期分の決算書一式
- 借入金の一覧及び保証の状況
返答する前に確認する事項
- 記載された金額が、株式の価格であるのか事業の価値であるのか
- 価格の前提とされている決算期及び調整の内容
- 代金の調整、業績連動及び留保の有無並びにその条件
- 独占交渉権の期間が過度に長くないか。自動更新の定めがないか
- 買主の社内の意思決定が完了しているか、これからであるか
- 資金の調達の裏付けが示されているか
- 経営者の残留を求められる場合、期間、職務及び報酬が明示されているか
- 従業員の雇用及び労働条件に関する記載があるか
- デュー・ディリジェンスの範囲及び期間が明示されているか
- 不成立の場合の費用の負担に関する定めがないか
当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与
意向表明書の段階は、条件の骨格が決まる局面です。ここで確認を怠りますと、その後の交渉は、既に固まった枠組みの中での微調整にとどまります。当法人は、記載された条件の読み解き、複数の候補者の比較、修正の希望の設計及び返答の書面の作成をご支援いたしております。買主の実行能力の検証並びに基本合意書及び株式譲渡契約書への引継ぎの設計につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。
複数の意向表明書を比較する表
3社から意向表明書を受領した場合を想定し、比較の表を示します。金額のみを並べては判断を誤ります。数値は説明のための仮定です。
| 項目 | 甲社 | 乙社 | 丙社(投資会社) |
|---|---|---|---|
| 提示額 | 6億円(事業価値) | 5億円(株式価格) | 5億5,000万円(株式価格) |
| 借入金3億円の取扱い | 控除される | 既に控除済み | 既に控除済み |
| 現預金2億円の取扱い | 加算される | 既に加算済み | 既に加算済み |
| 実質的な株式の価格 | 5億円 | 5億円 | 5億5,000万円 |
| 代金の調整 | 運転資本により調整 | なし(確定額) | 運転資本及び純有利子負債により調整 |
| 業績連動の部分 | なし | なし | 1億円を3年間の業績に連動 |
| 留保される部分 | 5,000万円を18か月留保 | なし | なし |
| 経営者の処遇 | クロージング後6か月で退任 | 直ちに退任 | 3年間の残留を要請 |
| 従業員の雇用 | 維持する旨の記載あり | 記載なし | 維持する旨の記載あり |
| 経営者保証 | 解除に協力する旨の記載あり | 記載なし | 借換えを予定 |
| 資金の調達 | 自己資金 | 金融機関からの借入れ(内諾未取得) | 組成済みの資金 |
| 社内の意思決定 | 取締役会の承認済み | これから | 投資委員会の審査が残存 |
提示額のみを見れば丙社が最も高いですが、1億円が業績に連動し、かつ3年間の残留を求められております。乙社は確定額ですが、資金の調達の裏付けがなく、社内の意思決定も未了です。甲社は5,000万円が留保されるものの、資金及び意思決定の確実性が高いです。
確実に受領できる金額と、条件付きの金額とを分けて比較することが、判断の出発点です。
返答の書面の構成
条件の修正を求めたうえで受諾する場合、次の構成により書面を作成いたします。
- 意向表明書の受領に対する謝意
- 提案の内容を理解した旨(受諾の意思表示とは区別いたします)
- 修正を希望する事項(項目ごとに、現状の記載と希望する内容を並記いたします)
- 修正が受け入れられた場合に基本合意書の締結に進む用意がある旨
- 回答の期限
- 本書面が法的拘束力を有しない旨の明記
「金額については概ね了解いたしました」といった記載は避けるべきです。後の交渉において、金額が合意済みであることの根拠とされる可能性があります。
意向表明書に記載がない場合に、必ず尋ねるべき事項
| 記載がないことが多い事項 | 尋ねる理由 |
|---|---|
| 従業員の雇用及び労働条件 | 売主にとって価格に次ぐ関心事です。記載がなければ、方針を確認いたします |
| 商号及び屋号の存続 | 取引先及び従業員への影響が大きいです |
| 事業所の移転及び統合 | 従業員の勤務地に影響いたします |
| 経営者保証の解除への協力 | 売主の目的の中核です |
| 役員退職慰労金の取扱い | 手取額に直結いたします |
| 補償の上限及び期間の考え方 | この段階で方向性を確認しておけば、最終契約の交渉が容易になります |
| デュー・ディリジェンスの範囲及び期間 | 売主の負担の見通しを立てます |
| 親族の処遇 | 役員又は従業員として在籍している場合、方針を確認いたします |
受諾しないという判断をする場面
- 提示額が、複数の方法による評価の下限を大きく下回る場合
- 資金の調達の裏付けが全く示されず、確認にも応じない場合
- 従業員の雇用について明確な回答が得られない場合
- 独占交渉権の期間が過度に長く、短縮に応じない場合
- デュー・ディリジェンスの費用を不成立の場合に売主が負担するとされている場合
- 売主が譲れないと考える条件(屋号の存続、拠点の維持等)につき、否定的な回答がなされた場合
辞退する場合には、書面により丁重に伝え、理由を詳細に述べる必要はありません。将来において再度の接触があり得ますので、関係を損なわない対応が望まれます。
意向表明書をめぐって実際に生じる誤解
- 「意向表明書を受け取った以上、売却は決まった」 法的拘束力を有せず、デュー・ディリジェンスの結果により条件は変わります
- 「高い金額を提示した会社を選べばよい」 実行能力、条件の付随、手取額の相違により、最も高い提示が最も有利とは限りません
- 「返答を急がなければ関心を失われる」 妥当な期間の検討は、買主も想定しております。急いで確約することの不利益の方が大きいです
- 「口頭で伝えれば書面は不要である」 口頭での発言は記録が残らず、後に争いの原因となります
- 「一度提示された金額は下がらない」 デュー・ディリジェンスにおける発見事項により減額されるのが通例です
価格以外の要素を含めた総合の比較
意向表明書の比較を金額のみにより行いますと、判断を誤ります。次の8項目を一覧の各行に置き、候補ごとに列を設けて比較いたします。
- 提示金額及びその算定の根拠
- 支払の方法 一括か、分割か、留保の有無及び留保の期間
- アーンアウトの有無 条件、上限、対象となる期間
- 売主の退任の時期 クロージングと同時か、引継ぎの後か
- 従業員の雇用の継続に関する方針 期間、労働条件の維持の範囲
- 商号及び屋号の継続の有無
- 経営者保証の引受けに関する方針
- 資金の調達の方法及び社内の決裁の状況
分割払及びアーンアウトの比較の考え方
提示金額が同じであっても、支払の方法により売主の手取りは大きく異なります。代金10億円のうち2億円を2年後に支払う条件は、その2億円が確実に支払われるとは限りませんので、一括払の10億円と同じ価値ではありません。買主の信用力に不安がある場合には、相当の割引をして考えるべきです。
アーンアウトは、さらに慎重な検討を要します。「譲渡後2年間の営業利益が2億円を超えた場合に追加で1億円を支払う」という条件を例といたしますと、確認すべきは次の3点です。第1に、達成の判定に用いる指標が、買主の側の会計方針の変更により左右されないことです。第2に、買主が本社の経費を配賦することにより利益が圧縮されない仕組みがあることです。第3に、判定の基礎となる資料を売主が閲覧できることです。この3点の定めがない場合、アーンアウトの金額は比較の際に算入しない方が安全です。
記載がない場合に必ず尋ねる事項
意向表明書に記載がない事項は、買主が意図的に触れていない場合と、単に検討が及んでいない場合とがあります。いずれであるかを確かめるため、次の事項については、記載がなければ書面により照会いたします。第1に、資金の調達の方法です。自己資金によるか、金融機関からの借入れによるか、借入れによる場合には内諾を得ているかを尋ねます。第2に、社内の意思決定の段階です。取締役会の決議を経ているか、今後の決裁の予定はいつかを尋ねます。第3に、デュー・ディリジェンスの範囲及び期間です。第4に、独占交渉権を求めるか否か、求める場合の期間です。第5に、譲渡の後の役員及び従業員の処遇に関する方針です。
これらの照会は、条件の交渉ではなく事実の確認ですので、受諾の意思を示すことなく行うことができます。回答の速さと具体性は、その買主の本気度を測る手掛かりともなります。
照会に対する回答が得られない場合、又は回答が抽象的にとどまる場合には、その買主を優先の順位において下げる判断も必要です。意向表明書の金額の高さと、成約に至る確実性とは、別の事柄です。
照会の結果は、比較の一覧に列を設けて記録し、返答の書面を作成する際の基礎といたします。
当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。これらに当たる部分は、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。
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