初期の打診とノンネームシート 開示する情報の範囲と、秘密保持契約を締結する時期

買主候補への最初の接触は、会社名を伏せた1枚の概要から始まります。ノンネームシート、又は匿名の概要書と呼ばれる書面です。ここに何を書き、何を書かないかは、その後の交渉の入口を決める作業です。

書きすぎれば会社が特定され、譲渡を検討している事実が業界に伝わります。書かなすぎれば買主の関心を引くことができず、有力な候補先を取り逃がします。本頁では、開示する情報の範囲を段階ごとに整理し、秘密保持契約を締結する時期を申し上げます。

開示の3つの段階

段階 書面 開示する内容 秘密保持契約
第1段階 ノンネームシート 会社名を伏せた概要。1枚 締結前
第2段階 企業概要書 会社名を含む詳細。10枚から30枚 締結後
第3段階 デュー・ディリジェンスの資料 原始の資料一式 基本合意書の締結後

この順序を崩してはなりません。秘密保持契約を締結する前に会社名を明かした場合、その候補先が関心を示さなかったとしても、情報を回収する手段がありません。

ノンネームシートに記載する事項

一般に、次の事項を記載いたします。

  • 業種の概括的な表示(例 金属加工業、システム開発業)
  • 所在地の概括的な表示(例 関東地方、中部地方)
  • 売上高及び営業利益の概括的な規模(例 売上高5億円から10億円)
  • 従業員数の概括的な規模
  • 事業の特徴(例 特定の分野に特化、有資格者が在籍、許認可を保有)
  • 譲渡の理由(例 後継者の不在)
  • 希望する譲渡の形態

会社が特定されないための配慮

ノンネームシートにおいて最も注意すべきは、記載事項の組合せにより会社が特定されることです。同業者は、業界の事情に通じておりますので、断片的な情報から会社を推測することができます。

特定につながりやすい記載は、次のとおりです。

  • 所在地を市区町村まで記載すること
  • 業種を細分化して記載すること(例 特定の製品に特化した製造)
  • 設立の年を記載すること
  • 取引先の名称又は業界における順位を記載すること
  • 保有する許認可のうち、取得者が限られるものを記載すること
  • 売上高を具体的な数値により記載すること

これらは、記載を省略するか、幅をもった表現に改めることが望まれます。作成の後、業界の事情を知る者に読ませ、特定できるか否かを確かめる方法が有効です。

秘密保持契約を締結する時期

秘密保持契約は、会社名を明かす直前に締結いたします。ノンネームシートの送付の前に締結する必要はありません。

契約の当事者は、売主と買主候補となるのが原則です。仲介者が介在する場合、仲介者と買主候補との間で締結し、売主が受益者となる形式が採られることもありますが、売主が直接に権利を行使できる形式とすることが望まれます。

秘密保持契約において確認すべき条項

  • 秘密情報の定義 書面によるものに限定されていないか。口頭により伝えた情報も含める必要があります
  • 協議の事実そのものの秘匿 譲渡に関する協議が行われている事実自体を、秘密の対象に含めます。この定めが欠けている例が少なくありません
  • 目的外の使用の禁止 譲渡の検討以外の目的に使用することを禁じます
  • 開示できる範囲 買主の役職員及び助言者に限定し、これらの者にも同等の義務を負わせる旨を定めます
  • 従業員の勧誘の禁止 一定の期間、対象会社の役職員を勧誘することを禁じます。この定めが最も重要です
  • 取引先への接触の禁止 売主の事前の書面による承諾なく、取引先に接触することを禁じます
  • 資料の返還又は破棄 協議が終了した場合の取扱いを定めます
  • 有効期間 協議の終了後も1年から3年は存続するものといたします
  • 違反の効果 差止め及び損害賠償の請求ができる旨を明記いたします

企業概要書に記載する事項

秘密保持契約の締結の後、会社名を含む詳細な資料を開示いたします。一般に次の事項を記載いたします。

  • 会社の沿革、商号、所在地、資本金、株主構成
  • 事業の内容、主要な製品又は役務、拠点
  • 組織図、従業員の構成(年齢、勤続年数、資格)
  • 主要な取引先(名称を伏せる場合があります)
  • 直近3期分の財務の数値及び分析
  • 保有する不動産、設備、知的財産権
  • 許認可の状況
  • 譲渡の希望条件

この段階におきましても、取引先の名称は伏せることが通例です。買主が同業である場合、取引先の情報は競争上の価値を有するためです。

初期の面談における留意事項

  • 面談の場所は、自社の会議室を避けます。助言者の事務所又は貸会議室を用います
  • 従業員が同席する必要はありません。経営者及び助言者のみで臨みます
  • 買主から質問を受けた事項につき、その場で確約をしてはなりません。「持ち帰って確認する」との回答で足ります
  • 価格につき、その場で希望額を述べることは慎重に判断いたします。先に述べた金額が上限として扱われる可能性があります
  • 不利益な事実を隠す必要はありませんが、この段階で全てを開示する必要もありません。デュー・ディリジェンスの段階において、体系的に開示いたします

相談すべき時期

初期の打診に関するご相談は、ノンネームシートを作成する前にいただくことが望まれます。既に送付した後では、記載の内容を回収することができないためです。

候補先の選定及び除外先の一覧の作成につきましては、買主の探索をご参照ください。

相談の前に用意する資料

  • 作成中のノンネームシートの案
  • 仲介者又は助言者から提示された秘密保持契約の書式
  • 直近3期分の決算書一式
  • 会社の概要が分かる資料
  • 接触を避けるべき先の一覧

候補先へ送付する前に確認する事項

  • ノンネームシートの記載の組合せにより会社が特定されないか
  • 送付先の一覧に、除外すべき先が含まれていないか
  • 秘密保持契約に、協議の事実そのものの秘匿及び従業員の勧誘の禁止が含まれているか
  • 秘密情報の定義が、口頭により伝えた情報を含むものとなっているか
  • 企業概要書において、取引先の名称を伏せる方針が定まっているか
  • 面談における回答の方針が定まっているか

当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与

初期の打診は、情報を出す作業であると同時に、情報を守る作業です。当法人は、ノンネームシート及び企業概要書の作成、開示の段階の設計並びに面談における応対の準備をご支援いたしております。秘密保持契約の審査及び作成並びに情報の漏えいが生じた場合の差止め及び損害賠償の請求につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。

ノンネームシートの記載例と、特定される危険の比較

同じ会社について、2通りの記載を並べます。いずれも虚偽は含んでおりませんが、特定される危険は大きく異なります。

項目 特定されやすい記載 特定されにくい記載
業種 自動車部品の精密切削加工(航空機部品も一部取扱い) 金属加工業
所在地 愛知県豊田市 中部地方
売上高 8億3,000万円 5億円から10億円
営業利益 6,200万円 5,000万円から1億円
従業員数 42人 30人から50人
設立 昭和38年 設立から50年以上
特徴 大手完成車メーカー2社の一次取引先 長期にわたる安定した取引関係を有する
譲渡の理由 代表者(78歳)の健康上の理由 後継者の不在

左の記載であれば、同業者は数社にまで絞り込むことができます。作成の後、業界の事情を知る者に読ませ、特定できるか否かを確かめる工程を必ず設けてください。

秘密保持契約の条項ごとの記載例

条項 不十分な記載 求めるべき記載
秘密情報の定義 「書面により秘密である旨を明示して開示した情報」 「書面、口頭、電磁的記録その他方法のいかんを問わず開示された一切の情報」
協議の事実 記載なし 「本件取引に関する協議が行われている事実自体を含む」
開示できる範囲 「必要な範囲の者」 「本件取引の検討に従事する役職員及び弁護士、公認会計士、税理士その他の専門家に限り、これらの者に本契約と同等の義務を負わせることを条件として」
従業員の勧誘 記載なし 「本契約の終了後2年間、対象会社の役員及び従業員を勧誘し、又は雇用してはならない」
取引先への接触 記載なし 「売主の事前の書面による承諾なく、対象会社の取引先、金融機関その他の関係者に接触してはならない」
資料の取扱い 記載なし 「協議の終了後、速やかに返還し、又は消去のうえその旨を書面により報告する」
違反の効果 記載なし 「差止め及び損害の賠償を請求することができる」
有効期間 「1年」 「本契約の終了後3年間存続する」

企業概要書に記載する範囲の判断

情報 企業概要書での取扱い 理由
商号、所在地、沿革 記載いたします 秘密保持契約の締結後です
主要な取引先の名称 記号により置き換えます 買主が同業である場合、競争上の価値を有します
取引先ごとの売上高の構成比 記載いたします 依存度は評価の前提となる情報です
仕入先の名称及び仕入条件 記号により置き換えます 同上
従業員の氏名 記載いたしません 個人情報です。年齢層、勤続年数、資格の分布により示します
技術上の詳細 概要にとどめます デュー・ディリジェンスの段階で開示すれば足ります
係争中の事件 概要を記載いたします 後に発覚するより、早期の開示が有利です
未払の割増賃金の見込み 事案により判断いたします 早期の開示により価格の前提とすることができます

初期の面談で買主から必ず問われる10の質問

  1. なぜ譲渡をお考えになったのか
  2. 後継者がいないとのことだが、親族又は従業員に承継させることは検討したか
  3. 他にも候補先に打診しているか
  4. 希望する価格はいくらか
  5. 譲渡の後、経営者はどうされる予定か
  6. 従業員に譲渡の話は伝わっているか
  7. 主要な取引先との関係は経営者個人に依存しているか
  8. 直近の業績が変動している理由は何か
  9. 借入金の返済に問題はないか。経営者保証はどうなっているか
  10. いつまでに完了させたいか

これらの質問には、あらかじめ回答を準備しておくことが望まれます。特に第4の質問につきましては、その場で具体的な金額を述べることは慎重に判断すべきです。先に述べた金額が上限として扱われる可能性があります。「複数の方法により評価を行っており、幅をもって考えている」との回答にとどめ、意向表明書の提出を求めるのが一般的です。

面談の場所及び方法の設計

場所 当否
自社の会議室 避けるべきです。従業員に見られます
仲介者又は助言者の事務所 最も適しております
貸会議室 適しております
ホテルのラウンジ 会話が周囲に聞こえる可能性があります。資料の閲覧にも適しません
買主の本社 売主が訪問する場合、買主の従業員に知られる可能性があります
電子会議 初期の接触には有用です。録画の可否を事前に確認いたします

初期の打診をめぐって実際に生じる誤解

  • 「ノンネームなら会社名が分からないから安全である」 業種、所在地、規模の組合せにより、同業者は容易に推測いたします
  • 「秘密保持契約を締結すれば何を出してもよい」 契約は事後の救済の根拠にとどまります。段階的な開示が本質です
  • 「不利益な事実は最後まで伏せるべきである」 デュー・ディリジェンスで発覚した場合、信頼を失い、価格の減額幅も大きくなります。早期の開示が結果として有利に働くことが多くあります
  • 「面談では聞かれたことに全て答えなければならない」 その場で確約する必要はありません。「確認して書面により回答する」で足ります
  • 「仲介会社が用意した秘密保持契約の書式は修正できない」 当事者間の合意ですので、修正を求めることは当然に可能です

開示の段階ごとの資料の対照

情報は一度に開示するものではなく、段階を追って範囲を広げてまいります。段階と資料との対応は、次のとおり整理いたします。

  • 第1段階(秘密保持契約の締結前) ノンネームシートのみ。業種は大分類により示し、地域は都道府県又は地方の名称により示します。売上高及び利益は幅により示します。従業員数も幅により示します
  • 第2段階(秘密保持契約の締結後) 企業概要書。会社の沿革、事業の内容、直近3期の決算の概要、主要な取引先の属性(社名は伏せます)、従業員の構成、譲渡の希望条件を記載いたします
  • 第3段階(初期の面談の後) 決算書及び申告書の写し、株主名簿、主要な契約の一覧(契約書そのものは含めません)、許認可の一覧
  • 第4段階(基本合意の締結後) デュー・ディリジェンスの対象となる資料の全部

段階を飛ばして資料を出すことは、避けるべきです。第3段階の資料を秘密保持契約の締結前に提示いたしますと、会社が特定されるだけでなく、以後の交渉においても資料の提出を断る理由を失います。

特定を避けるための記載の要領

ノンネームシートから会社が特定される原因は、多くの場合、次の3つです。第1に、業種の記載が細かすぎることです。「金属加工」ではなく「航空機部品の特殊表面処理」と書けば、該当する会社は限られます。第2に、地域と規模との組合せです。「北陸地方・売上高50億円・従業員200名」であれば、同業者には直ちに見当が付きます。第3に、沿革の記載です。「創業100年」「3代目」といった記載は、地域の同業者の間では特定の手掛かりとなります。

そこで、業種は大分類にとどめ、売上高は「10億円から30億円」のような幅により示し、沿革は「創業50年以上」といった程度にとどめます。開示する情報を減らせば買主の関心は下がりますが、特定による損害は回復ができません。

また、候補先の側から情報が漏れる場合に備え、秘密保持契約には、開示を受けた者の範囲を限定する条項、目的外の使用を禁ずる条項、及び従業員への勧誘を禁ずる条項を置きます。有効期間は、契約の終了後2年から3年とすることが通例です。

候補先に対する打診の記録は、日付、相手方、開示した資料の名称を一覧に残してまいります。

開示の段階と資料との対応は、案件の開始時に書面により定めておきます。

当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。これらに当たる部分は、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。

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