会社の売却の準備 着手の前に整えておく資料と、社内で先に確認しておく事項

会社を譲り渡すという判断は、経営者の方にとって一生に一度の意思決定です。もっとも、実際に着手いたしますと、譲渡の可否を左右するのは、事業の内容そのものよりも、書面が整っているかどうかという地味な事柄であることが少なくありません。株主名簿が更新されていない、議事録が作成されていない、不動産の登記名義が先代のままである、といった事柄です。

これらは、後から整えることができないわけではありません。しかし、買主候補への打診を始めた後に発覚いたしますと、価格の減額の材料となり、あるいは取引そのものが停止する原因となります。本頁では、買主候補へ打診をする前に整えておくべき資料と、社内において先に確認しておくべき事項を、順を追って申し上げます。

準備に要する期間の目安

譲渡の準備に要する期間は、会社の状況によって大きく異なります。株主構成が単純で、書面が整っている会社であれば、1か月から2か月で打診の準備が整います。他方、名義株の整理、少数株主からの株式の買集め、不動産の登記の是正等を要する場合には、6か月から1年を要することがあります。

譲渡の希望時期がお決まりの場合には、そこから逆算して準備の期間を確保する必要があります。準備が不足したまま打診を始めますと、デュー・ディリジェンスの段階で問題が露見し、価格の交渉において不利な立場に置かれます。

第1 株式に関する事項の確認

最も優先して確認すべきは、株式が誰に帰属しているかという点です。買主が取得しようとしているのは株式ですので、株主が確定していない会社の株式は、そのままでは買うことができません。

株主名簿の整備

株式会社は、株主名簿を作成し、これを本店に備え置かなければならないとされております(会社法第121条、第125条第1項)。株主名簿には、株主の氏名又は名称及び住所、有する株式の数、取得した日等を記載いたします。

実際には、株主名簿が作成されていない会社、あるいは作成されていても相続による承継が反映されていない会社が多数あります。名簿上の株主が既に死亡しており、相続人が誰であるかを確認していないという事例も珍しくありません。この場合、相続人の全員を確定したうえで、遺産分割の状況を確認する必要があります。

名義株の存否

平成2年の商法改正の前は、株式会社の設立に7名の発起人を要しておりました。そのため、この時期より前に設立された会社におきましては、実質的な出資者と名簿上の株主とが一致しない、いわゆる名義株が残存していることがあります。

名義株は、譲渡の障害となります。買主は、名簿上の株主から株式を取得したとしても、実質的な株主から権利を主張される危険を負うためです。名義株の整理は、関係者の協力を得て、確認書の取得等により早期に行うことが望まれます。

株券発行会社であるか否か

定款に株券を発行する旨の定めがある会社は、株券発行会社です(会社法第214条)。株券発行会社において株式を譲渡するには、株券の交付が効力要件とされております(会社法第128条第1項)。株券を現実に発行していない場合には、株券不発行会社への定款の変更を検討することとなります。

譲渡制限の定めの確認

非上場会社のほとんどは、定款により株式の譲渡につき会社の承認を要する旨を定めております。譲渡の承認をする機関が株主総会であるのか取締役会であるのかを、定款により確認しておく必要があります。

第2 議事録及び登記の確認

  • 履歴事項全部証明書 役員の任期が満了したまま重任の登記がされていない例が多く見受けられます。株式会社の取締役の任期は原則として2年ですが、非公開会社においては定款により10年まで伸長することができます(会社法第332条第1項、第2項)
  • 定款 原始定款のみが保管され、その後の変更が反映されていない例があります。現行の定款を確定する必要があります
  • 株主総会議事録及び取締役会議事録 役員報酬の決定、重要な財産の処分、多額の借財等につき、必要な決議を経ているかを確認いたします
  • 不動産の登記事項証明書 登記名義が先代のままである場合、相続登記を先に完了する必要があります。なお、相続登記の申請は、不動産登記法第76条の2により義務化されており、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、所有権を取得したことを知った日から3年以内に申請しなければならないとされております

第3 契約書の確認

株式の譲渡により支配権が移転した場合に、契約の相手方が契約を解除することができる旨の条項を、支配権の変動に関する条項と申します。この条項が主要な取引契約、賃貸借契約又は融資契約に置かれている場合には、譲渡の前に相手方の同意を得る必要があるか否かを検討しなければなりません。

確認すべき契約書は、次のとおりです。

  • 主要な販売先及び仕入先との基本契約書
  • 本店及び事業所の不動産賃貸借契約書
  • 金融機関との金銭消費貸借契約書及び保証に関する書面
  • リース契約書
  • フランチャイズ契約書、代理店契約書
  • 業務委託契約書

第4 労務に関する事項の確認

デュー・ディリジェンスにおいて最も高い頻度で問題が発見されるのが、労務に関する事項です。特に、未払の割増賃金は、金額が大きくなりやすく、価格の減額の直接の原因となります。

賃金請求権の消滅時効の期間は、労働基準法第115条により5年とされておりますが、同法附則第143条第3項により、当分の間は3年とされております。令和2年4月1日以後に支払期日が到来する賃金について、3年分が請求され得ることとなります。

確認すべき事項は、次のとおりです。

  • 就業規則及び賃金規程が最新の法令に適合しているか。労働者が10人以上の事業場において労働基準監督署への届出がされているか(労働基準法第89条)
  • 時間外労働及び休日労働に関する協定(労働基準法第36条)が有効に締結され、届け出られているか
  • 労働時間の記録が客観的な方法により行われているか
  • 固定残業代の制度を採用している場合、その内容が明確に区分され、労働者に周知されているか
  • 管理監督者の範囲が適正であるか
  • 社会保険及び労働保険の加入の状況に漏れがないか
  • 従業員名簿、雇用契約書及び労働条件通知書が整備されているか

第5 許認可の確認

株式譲渡の方法による場合、法人格が存続いたしますので、許認可は原則として承継されます。もっとも、事業の種類によっては、役員の変更につき届出を要し、又は認可を要するものがあります。建設業、宅地建物取引業、運送業、医療、介護、産業廃棄物処理業等につきましては、所管の官庁への確認が必要です。

第6 非事業用の資産及び経営者個人との取引の整理

買主は、事業に用いられていない資産を引き継ぐことを望まないのが通例です。次の各項目につきましては、譲渡の前に整理の方針を定めておく必要があります。

  • 経営者個人が居住する社宅、別荘、投資用の不動産
  • 社用車のうち事業に用いられていないもの
  • ゴルフ会員権、絵画、書画骨董
  • 経営者又はその親族に対する貸付金及び借入金
  • 経営者を被保険者とする生命保険契約
  • 経営者の親族が実質的に稼働していないにもかかわらず在籍している場合の取扱い

不動産を保有する会社の譲渡につきましては、評価及び課税に固有の論点があります。不動産を保有する会社の売却をご覧ください。

第7 情報の管理

譲渡を検討している事実が従業員又は取引先に伝わりますと、動揺を招き、退職者の発生又は取引の縮小につながる危険があります。準備の段階においては、情報を知る者を必要最小限にとどめる必要があります。

実務上は、経営者及び経理の責任者のみが把握し、他の役職員には最終契約の締結の後に開示するという例が多くあります。資料の授受は、電子メールの誤送信を防ぐため、専用の保管領域を用いることが望まれます。

相談すべき時期

準備に関するご相談は、譲渡を検討し始めた時点が最も適しております。仲介会社との契約を締結する前に、株主構成及び書面の整備の状況を確認しておくことにより、その後の交渉における立場が大きく変わります。

なお、中小企業庁は、令和6年8月に「中小M&Aガイドライン」を第3版に改訂し、仲介者及びフィナンシャル・アドバイザーの遵守すべき事項を明らかにしております。仲介契約又は助言契約の締結に際しては、専任の義務の範囲、契約の期間、手数料の体系及び直接交渉の制限の有無を確認することが重要です。

相談の前に用意する資料

  • 履歴事項全部証明書及び定款
  • 株主名簿(作成されていない場合はその旨)
  • 直近3期分の決算書一式及び法人税の申告書一式
  • 不動産の登記事項証明書
  • 主要な契約書の写し
  • 就業規則、賃金規程及び従業員名簿
  • 借入金の一覧並びに保証及び担保の状況

買主候補へ打診する前に確認する事項

  • 株主が確定しているか。名義株又は所在の不明な株主が存在しないか
  • 少数株主が存在する場合、その協力を得られる見込みがあるか
  • 支配権の変動に関する条項により同意を要する契約がないか
  • 未払の割増賃金その他の労務に関する債務の見込額を把握しているか
  • 非事業用の資産の取扱いについて方針が定まっているか
  • 経営者保証の解除の見通しについて金融機関と協議する用意があるか

少数株主が存在する場合の進め方につきましては少数株主がいる会社の売却を、価格の見通しにつきましては会社の売却価格はどのように決まるのかをご覧ください。

当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与

準備の段階における作業は、法律事務と経営判断とが交錯する領域です。当法人は、株主構成の整理、書面の整備、労務の点検及び情報の管理の設計を通じて、譲渡の交渉に入る前の体制を整えるご支援をいたしております。株式の集約、名義株の整理、少数株主への対応その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。

準備の工程表 着手から打診までの6か月の目安

時期 行うこと 完了の目安
第1月 履歴事項全部証明書、定款、株主名簿の取得及び照合。株主の生死及び相続の有無の確認 株主の一覧が確定していること
第2月 名義株の整理の着手。確認書の徴求。株券発行会社である場合の方針の決定 整理の対象者と方法が定まっていること
第2月から第3月 議事録の点検及び不足分の作成。役員の任期の確認及び重任の登記 登記が現状に一致していること
第3月 労務の点検。労働時間の記録の整備。就業規則及び賃金規程の点検 未払の割増賃金の見込額を把握していること
第3月から第4月 主要な契約書の点検。支配権の変動に関する条項の抽出 同意を要する契約の一覧ができていること
第4月 不動産の登記の是正。境界の確認。非事業用資産の整理の方針の決定 登記名義が会社に一致していること
第5月 許認可の点検。役員の変更に伴う手続の所管官庁への確認 手続の要否が判明していること
第5月から第6月 企業価値の試算。仲介契約又は助言契約の締結。ノンネームシートの作成 打診の準備が整っていること

株主構成が単純で書面が整っている会社であれば、この工程は1か月から2か月に短縮されます。他方、名義株の整理又は所在不明の株主への対応を要する場合には、1年を超えることがあります。

買主が最初に確認する12の書面

デュー・ディリジェンスの資料の依頼一覧は100項目を超えますが、そのうち最初に確認され、かつ不備が価格に直結するのは、次の各書面です。着手の時点で手元に揃えておくことをお勧めいたします。

書面 不備がある場合に生じること
履歴事項全部証明書 役員の重任の登記の懈怠が判明し、過料の対象となり得ます
現行の定款 譲渡の承認機関が確定せず、手続の設計ができません
株主名簿 株主が確定せず、取引の前提が崩れます
直近3期分の決算書 勘定科目内訳明細書の不備は、資産の実在性への疑義を招きます
法人税の申告書 別表の不整合は、税務上の危険の見積りを引き上げます
就業規則及び賃金規程 届出がされていない場合、労働基準法第89条違反の指摘を受けます
時間外労働及び休日労働に関する協定 未締結又は未届出の場合、時間外労働が違法となります
労働時間の記録 記録がない場合、未払の割増賃金が最大限に見積もられます
主要な取引先との契約書 支配権の変動に関する条項の見落としは、クロージング後の解除につながります
不動産の登記事項証明書 相続登記の未了は、クロージングの前提条件とされます
借入金の一覧及び保証の状況 経営者保証の解除の見通しが立たず、条件の再交渉となります
許認可の証明書 要件の不充足は、事業の継続そのものへの疑義となります

業種による準備の重点の相違

業種 特に重点を置くべき準備
建設業、工務店 建設業の許可の要件、特に経営業務の管理責任者及び専任技術者の充足。経営者の退任により要件を欠く事態を避ける必要があります。工事の進行基準による会計処理の適正性
運送業 運行管理者及び整備管理者の選任。労働時間の管理(改善基準告示への適合)。車両の名義及びリースの状況
医療、介護 指定基準の充足。人員配置基準の記録。実地指導及び監査の履歴。介護報酬の返還債務の有無
飲食店、サロン 賃貸借契約の支配権の変動に関する条項。営業許可の承継の要否。アルバイトの労働時間の記録
情報処理、システム開発 著作権の帰属。請負か準委任かの区分。技術者の在籍状況及び競業避止の合意。偽装請負の疑義
不動産賃貸 賃貸借契約書の整備。敷金及び保証金の残高。境界の確定。宅地建物取引業の免許の承継
保育、教育 認可の要件。補助金の交付要綱への適合。職員の資格の確認

準備の段階で最も多い5つの不備と、その解消に要する期間

不備 解消に要する期間の目安 解消の方法
株主名簿が相続を反映していない 1か月から3か月 戸籍による相続人の確定。遺産分割協議書の確認。名簿の書換え
名義株が残存している 3か月から1年 名義人からの確認書の徴求。応じない場合は買取り又は株主権不存在確認の手続
役員の重任の登記が未了 2週間から1か月 株主総会議事録の作成及び登記の申請。過料の可能性があります
労働時間の記録が存在しない 3か月から1年 客観的な記録の方法の導入。過去分は復元できないため、見込額の把握と開示により対応いたします
不動産の相続登記が未了 1か月から6か月 相続人の確定及び遺産分割。不動産登記法第76条の2により3年以内の申請が義務付けられております

準備の段階で行ってはならないこと

  • 決算の数値を良く見せるための操作 売上の前倒し計上、在庫の水増し、費用の繰延べは、デュー・ディリジェンスにおいて発見されます。発見された場合、価格の減額にとどまらず、取引そのものが停止いたします
  • 不利益な事実の隠匿 係争中の事件、行政からの指導、退職した従業員からの請求等は、開示することにより補償の対象から除外できる場合があります。隠匿は表明保証の違反となります
  • 従業員への早期の説明 準備の段階で説明いたしますと、取引が成立しなかった場合に動揺のみが残ります
  • 複数の仲介会社への同時の依頼 専任の義務に違反する可能性があります。契約の内容を確認せずに複数へ依頼してはなりません
  • 非事業用資産の譲渡の直前の実行 譲渡の交渉が具体化した後に実行いたしますと、租税回避との指摘を受けやすくなります

役員借入金及び役員貸付金の整理

経営者と会社との間の貸借は、準備の段階で最も多く残される課題です。役員借入金、すなわち経営者が会社に貸し付けている金銭は、譲渡の後は買主にとって返済の義務となりますので、買主は代金からこれを控除するよう求めることが通例です。売主としては、譲渡の前に債務免除を行うか、代金と併せて回収するかを選ぶことになります。債務免除を行う場合には会社に債務免除益が生じ、繰越欠損金の範囲を超える部分には課税が生じますので、税理士にご確認いただく必要があります。

役員貸付金、すなわち会社が経営者に貸し付けている金銭は、より不利に働きます。買主から見れば回収の見込みが立たない資産ですので、資産から除外されたうえ、同額が代金から差し引かれます。役員報酬からの分割返済により残高を圧縮するには時間を要しますので、着手の6か月前から取り掛かることが望まれます。

なお、経営者個人が会社の債務について保証をしている場合には、貸借の整理と保証の解除とを併せて検討いたします。

当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。これらに当たる部分は、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

会社の譲渡をご検討の経営者様に向けて、当法人の取扱内容、進め方及び費用の考え方を次のご案内に整理しております。

なお、株式譲渡契約書の作成及び審査、表明保証、少数株主対策、許認可の承継その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所において承っております。