買主の探索 候補先の選び方、打診の順序及び情報が漏れないための管理

譲渡の準備が整いますと、次は誰に譲るかという問題です。買主の選定は、価格のみによって決まるものではありません。従業員の雇用が維持されるか、取引先との関係が続くか、屋号が残るか、経営者が退任した後に紛争が生じないか。これらは、いずれも譲渡の後に取り返しのつかない事柄です。

他方で、候補先を広く当たれば当たるほど、譲渡を検討している事実が外部に漏れる危険が高まります。買主の探索は、候補の数と情報の管理との均衡を取りながら進める作業です。本頁では、候補先の類型、打診の順序及び情報の管理の方法を申し上げます。

候補先の類型と、それぞれの特徴

類型 価格の傾向 留意点
同業の事業会社 相乗効果により高くなりやすい 情報が漏れた場合の影響が最も大きいです。取引先と重複することがあります
異業種の事業会社 中程度 事業の理解に時間を要します。譲渡後の運営方針の確認が必要です
投資会社 評価の考え方が明確で、条件の交渉が速く進みます 一定期間の後に再度の譲渡が予定されることがあります。経営者の残留を求められる例が多くあります
取引先 交渉によります 既存の取引関係が交渉に影響いたします。断った場合の関係の悪化に注意を要します
役員又は従業員 資金の制約により低くなりやすい 資金の調達方法及び経営者保証の引継ぎが課題となります

探索の方法

  • 仲介者又はフィナンシャル・アドバイザーによる紹介 最も一般的な方法です。仲介者は売主と買主の双方から報酬を受けるのに対し、フィナンシャル・アドバイザーは一方のみから報酬を受け、その一方の利益のために行動いたします。いずれの形式であるかを、契約の締結の前に確認する必要があります
  • 取引金融機関からの紹介 信用力のある候補先の紹介を受けられる可能性があります
  • 事業承継・引継ぎ支援センターの活用 各都道府県に設置された公的な機関です
  • 売主自らによる打診 特定の候補先が念頭にある場合に用いられます。情報の管理を最も厳格に行うことができます

中小企業庁が令和6年8月に公表した中小M&Aガイドライン第3版におきましては、仲介者及びフィナンシャル・アドバイザーが遵守すべき事項が示されております。契約の締結に際しましては、次の各点を確認することが重要です。

  • 専任の義務の有無及びその範囲。他の支援機関に依頼することが禁じられるか
  • 契約の期間及び中途での解約の可否
  • 手数料の体系。着手金、中間金、成功報酬の別及び算定の基礎となる金額
  • テール条項の有無。契約の終了後に成立した取引についても手数料が生じる旨の定めです。期間及び対象となる候補先の範囲を確認いたします
  • 売主が直接交渉することの制限の有無

打診の順序

候補先の一覧を作成した後、いきなり全部に打診するのは適切ではありません。次の順序によることが望まれます。

  1. 接触を避けるべき先の除外 主要な取引先と競合する先、従業員の引抜きの懸念がある先、過去に紛争があった先等を、あらかじめ除外いたします。この一覧を除外先の一覧と申します
  2. 優先順位の設定 相乗効果の大きさ、資金力、譲渡後の運営方針、決定の速さを勘案いたします
  3. ノンネームによる打診 会社名を伏せた概要により関心の有無を確認いたします
  4. 秘密保持契約の締結 関心を示した先とのみ締結いたします
  5. 詳細資料の開示 締結の後に、会社名を含む詳細な資料を開示いたします

ノンネームによる打診及び秘密保持契約の締結の時期につきましては、初期の打診とノンネームシートにおいて詳しく述べております。

同時に打診する数の考え方

複数の候補先に同時に打診し、意向表明書を提出させる方式を、入札の方式と申します。価格の上昇が期待できる反面、情報が漏れる危険が高まります。

他方、1社に絞って交渉する方式は、情報の管理が容易ですが、比較の対象がないため、提示された条件が妥当であるかの判断が困難です。

実務上は、5社から10社程度にノンネームによる打診を行い、関心を示した2社から3社と秘密保持契約を締結して詳細な協議に入るという進め方が、均衡の取れた方法とされております。ただし、業界が狭く、同業他社が数社に限られる場合には、より慎重な設計を要します。

情報が漏れないための管理

  • 社内で知る者の限定 経営者及び経理の責任者のみとし、他の役職員には最終契約の締結の後に開示いたします
  • 資料の授受の方法 電子メールの添付ではなく、閲覧の記録が残る保管領域を用います。誤送信の危険を減らすためです
  • 案件の呼称 資料及び電子メールにおいて会社名を用いず、記号による呼称を用います
  • 面談の場所 自社の会議室を避け、助言者の事務所又は貸会議室を用います
  • 現地の視察 従業員の勤務時間外に行うか、取引先の来訪という名目によります
  • 除外先の一覧の共有 仲介者又はフィナンシャル・アドバイザーに対し、接触を避けるべき先を書面により指示いたします
  • 秘密保持契約の内容 協議が行われている事実そのものを秘密の対象に含めます。また、従業員の勧誘の禁止を定めます

情報が漏れた場合の影響

譲渡の検討の事実が従業員に伝わりますと、将来の不安から退職者が生じます。人材に依存する事業におきましては、これが事業の価値の低下に直結いたします。取引先に伝わりますと、取引の縮小又は与信の見直しにつながることがあります。金融機関に対しては、適切な時期に自ら説明することが望まれます。

いずれの場合も、生じた影響を後から回復することは困難です。情報の管理は、価格の交渉と同等に重要な事柄です。

相談すべき時期

買主の探索に関するご相談は、仲介契約又は助言契約を締結する前にいただくことが最も効果的です。専任の義務、テール条項及び手数料の体系は、締結の後に変更することが困難であるためです。

また、除外先の一覧は、打診が始まる前に確定しておく必要があります。既に打診がなされた後では、取り消すことができません。

相談の前に用意する資料

  • 仲介契約又は助言契約の案文
  • 主要な取引先の一覧
  • 同業他社の一覧(把握している範囲において)
  • 直近3期分の決算書一式
  • 会社の概要が分かる資料(事業の内容、拠点、従業員数)
  • 既に接触のある候補先がある場合、その状況

打診を始める前に確認する事項

  • 除外先の一覧を作成し、仲介者又は助言者に書面により指示したか
  • ノンネームの概要から会社が特定されないか。所在地、業種、売上規模、設立年の組合せにより特定される場合があります
  • 秘密保持契約の内容に、協議の事実そのものの秘匿及び従業員の勧誘の禁止が含まれているか
  • 社内で情報を知る者の範囲が限定されているか
  • 仲介契約におけるテール条項の期間及び対象の範囲を把握しているか
  • 価格の見通しを把握したうえで打診に臨むか

価格の見通しにつきましては、会社の売却価格はどのように決まるのかをご覧ください。

当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与

買主の探索は、候補先の数を増やせばよいという作業ではありません。誰に、どの順序で、どこまでの情報を開示するかを設計する作業です。当法人は、候補先の選定、除外先の一覧の作成、打診の順序の設計及び情報の管理の体制の構築をご支援いたしております。仲介契約及び秘密保持契約の審査並びに情報の漏えいが生じた場合の対応につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所が担当いたします。

仲介契約及び助言契約の条項の読み方

買主の探索を委託する契約は、譲渡の全体を左右いたします。中小企業庁が令和6年8月に公表した中小M&Aガイドライン第3版は、支援機関の遵守すべき事項を示しております。次の各条項を、締結の前に必ずご確認ください。

条項 確認すべき内容 売主が求めるべきこと
仲介か助言か 仲介者は双方から報酬を受け、助言者は一方のためにのみ行動いたします いずれであるかを明記させ、仲介の場合は利益相反の可能性の説明を受けます
専任の義務 他の支援機関への依頼が禁じられるか 期間を限定いたします。既に接触のある候補先を対象外とすることを求めます
契約の期間 6か月から1年が通例です 中途での解約の可否及び予告期間を確認いたします
着手金 成立の有無にかかわらず生じるか 不成立の場合の返還の有無を確認いたします
中間金 基本合意書の締結時に生じることが多くあります その後に不成立となった場合の取扱いを確認いたします
成功報酬の算定の基礎 株式の譲渡代金か、それに負債を加えた額か 負債を含める方式では報酬が大きく増加いたします
最低報酬額 取引の規模にかかわらず生じる下限です 金額を確認し、小規模な取引での妥当性を検討いたします
テール条項 契約の終了後に成立した取引についても報酬が生じる旨の定めです 期間(2年から3年が通例)及び対象となる候補先の範囲を、書面により特定させます
直接交渉の制限 売主が自ら交渉することを禁じるか 既存の取引先との関係を害さない範囲に限定いたします

成功報酬の算定の基礎につきましては、数値により確認するのが確実です。株式の譲渡代金3億円、借入金2億円の事案において、株式の譲渡代金を基礎とする方式では3億円に対する料率が適用され、負債を加える方式では5億円に対する料率が適用されます。段階的な料率が用いられる場合、基礎となる金額の相違により報酬が数百万円単位で変わります。

候補先の一覧を作成する際の作業

  1. 自社の強みの言語化 買主が取得により何を得られるかを整理いたします。販路、仕入、技術、人材、許認可、拠点、顧客基盤のいずれであるかを明確にいたします
  2. 相乗効果の相手方の想定 上記の強みを必要とする事業者を列挙いたします。同業のみでなく、川上及び川下の事業者も対象といたします
  3. 除外先の一覧の作成 主要な取引先と競合する先、従業員の引抜きの懸念がある先、過去に紛争があった先、経営者が個人的に望まない先を列挙いたします
  4. 優先順位の設定 相乗効果の大きさ、資金力、決定の速さ、譲渡後の運営方針を勘案いたします
  5. 接触の順序の決定 情報が漏れた場合の影響が小さい先から接触するという考え方もあります

入札の方式と相対の方式の比較

観点 入札の方式 相対の方式
価格 競合により上昇が期待できます 比較の対象がなく、妥当性の判断が困難です
情報の管理 開示先が増え、漏えいの危険が高まります 管理が容易です
期間 手続が定型化され、比較的短期に進みます 相手方の都合により長引くことがあります
交渉力 売主に有利です 買主に有利に傾きやすいです
条件の柔軟性 画一的な条件となりやすいです 個別の事情を反映しやすいです
適する場面 収益力が安定し、複数の候補が見込まれる事業 特殊な事業、又は候補先が限られる事業

情報が漏れた場合に直ちに行うこと

  1. 漏えいの範囲及び経路の特定 誰に、どこまで伝わっているかを確認いたします
  2. 秘密保持契約の違反の有無の検討 契約の相手方に起因する場合、差止め及び損害賠償の請求を検討いたします
  3. 従業員への説明の前倒し 噂が広がる前に、経営者から事実を説明する方が動揺は小さいです。ただし、確定していない事項を確定的に述べてはなりません
  4. 主要な取引先への説明 取引の継続に不安を与えないよう、事業の継続の方針を伝えます
  5. 金融機関への説明 与信の見直しを避けるため、自ら説明いたします
  6. 日程の見直し 情報が漏れた状態で交渉を長引かせることは、事業の価値を損ないます

買主の探索をめぐって実際に生じる誤解

  • 「多くの候補に当たれば高く売れる」 候補の数と情報の漏えいの危険は比例いたします。厳選した先に絞る方が結果として有利となる場合があります
  • 「仲介会社は売主の味方である」 仲介者は双方から報酬を受けます。売主の利益のみのために行動する立場ではありません
  • 「複数の仲介会社に依頼すれば早く決まる」 専任の義務に違反する可能性があり、また同一の候補先に重複して打診がなされ、信用を損ないます
  • 「秘密保持契約を締結すれば漏れない」 契約は事後の救済の根拠にとどまります。開示する情報の範囲を段階的に管理することが本質です
  • 「取引先に打診するのが手っ取り早い」 断られた場合、既存の取引関係に影響が及ぶ可能性があります

候補先から除外する先を先に定める

候補先の一覧は、加えることよりも除くことに手間が掛かります。打診をしてはならない先を、探索に着手する前に文書により定めておきます。除外の対象は、次の4類型です。第1に、主要な取引先及びその競合他社です。情報が伝われば取引の条件に影響が及びます。第2に、同じ地域で人材の獲得を競っている同業者です。従業員の引抜きを招く危険があります。第3に、過去に紛争のあった相手方です。第4に、金融機関を通じて自社の借入れの状況を知り得る立場にある先です。

除外の一覧は、仲介者又は助言者との間で共有し、更新の記録を残します。案件の途中で候補先が追加される場合にも、除外の一覧との照合を経てから打診いたします。

仲介と助言のいずれによるかの判断

M&A仲介は売主と買主の双方から依頼を受け、助言(ファイナンシャル・アドバイザー)は一方のみから依頼を受けます。売主の立場からは、条件の最大化を求める場合には助言が、成約の確実性と速度を求める場合には仲介が、それぞれ適します。判断の分かれ目は、候補先の数、売主が価格以外に重視する事項の多さ、及び社内で交渉に充てられる時間です。契約の締結に先立ち、専任の期間、途中で解除した場合の費用、テール条項(契約の終了後に成約した場合にも報酬が生じる旨の定め)の有無を確認いたします。

なお、仲介者又は助言者を選ぶ際には、報酬の算定の基礎となる金額(株式の価格によるか、負債を含む金額によるか)、最低の報酬額、着手金及び中間金の有無を、契約の締結の前に書面により確認いたします。同じ料率であっても、算定の基礎が異なれば負担は大きく変わります。

当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。仲介契約及び助言契約の条項の法的な審査につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

会社の譲渡をご検討の経営者様に向けて、当法人の取扱内容、進め方及び費用の考え方を次のご案内に整理しております。

なお、株式譲渡契約書の作成及び審査、表明保証、少数株主対策、許認可の承継その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所において承っております。