M&Aで後悔しやすい場面 売主と買主それぞれについて、判断の誤りが生じる原因と、準備で防げること
この記事の位置付け
M&Aにおいて後悔が生じる場面は、売主の側で判断の順序を誤る場面と、買主の側で準備が足りない場面とに分かれますので、本ページでは、双方について原因と、準備により防ぐことのできる事項とを、次のとおり切り分けて整理いたします。
▶ 意向表明書を受領したとき 記載事項の読み方と、返答の前に確認すべき事項
▶ デュー・ディリジェンスへの対応 売主が準備する資料と、指摘を受けた場合の対応
M&Aを終えた経営者の方から「あのとき、もう少し考えればよかった」という言葉を伺うことがあります。興味深いのは、そのように振り返られる場面が、決済の日や最終契約の締結の日ではなく、はるかに手前の、まだ何も決まっていないように見えた時期に集中していることです。
本ページは、売主と買主の双方について、後悔の生じやすい場面を段階ごとに整理し、その原因が「不運」ではなく「判断の順序」と「準備の不足」にあることを示すものです。現に紛争が生じている場合の対応は、弁護士でなければ行うことができない業務ですので、当法人では取り扱いません。
後悔は、たいてい「早い段階の判断」から生じます
案件の進行は、準備、探索、打診、条件の提示、基本合意、詳細な調査、最終契約、決済、統合という順で進みます。この流れの中で、後から取り返しの付きにくい判断は、前半に集中しております。
理由は2つです。第1に、前半の判断は「相手方の期待」を作るからです。いったん相手方が抱いた期待は、後半で修正しようとすると条件の再交渉と受け取られ、信頼を損ないます。第2に、前半で情報が動くからです。従業員、取引先、金融機関に知られた情報は、元に戻すことができません。
したがって、点検すべきは「いま決めようとしていること」ではなく、「すでに決めてしまったこと」です。以下では、その内容を場面ごとに具体的に示します。
売主が後悔しやすい6つの場面
準備をせずに打診を始めた
決算書の内容の整理、株主名簿の確認、経営者個人と会社との間の貸借の整理を行わないまま、候補先への打診を始める場合です。詳細な調査の段階でこれらが表面化いたしますと、買主は「他にも見えていない事項があるのではないか」と考え、対価の減額又は留保を求めます。準備に要する期間は1箇月から3箇月であり、これを惜しんだ結果として数千万円が動くことがあります。
高い提示額だけで相手を決めた
複数の意向表明書のうち、最も高い金額を提示した候補先に絞る場合です。提示額は、詳細な調査の結果により見直される前提で示されております。調査の後に大幅な減額を求める候補先と、当初から控えめな金額を示しつつ最後まで変えない候補先とでは、最終的な手取りが逆転することがあります。
急かされて期限に合わせた
「今月中に基本合意を」「決算期に間に合わせたい」といった相手方の日程に合わせる場合です。日程は交渉の材料の一つであり、売主の側の準備が整わない期限に合わせる理由は本来ありません。急いだ結果として、次に述べる事項の確認が省略されます。
従業員への説明の時期を誤った
早すぎる場合には、確定していない情報が広がり、動揺と離職を招きます。遅すぎる場合には、引継ぎの期間が確保できず、統合が滞ります。一般には、最終契約の締結の後、決済までの間に、幹部から順に説明を行う方法が採られます。誰に、いつ、どの順で、何を伝えるかを、条件の提示を受けた段階で紙に書いておくことをお勧めいたします。
個人保証と不動産を残した
金融機関からの借入れに対する経営者個人の保証、及び会社が使用している不動産の個人名義を、譲渡の条件の中で扱わなかった場合です。決済の後に保証が残りますと、経営から離れた後も責任のみが残ります。個人名義の不動産についても、賃貸借の条件を先に定めておかなければ、後に交渉の材料とされます。
引継ぎの期間を決めずに署名した
譲渡の後に前の経営者が残る期間、役職、権限、報酬を定めないまま最終契約を締結する場合です。「しばらくは手伝ってください」という口頭の了解のみで進みますと、期間の認識が食い違います。半年のつもりが2年に及ぶ例も、逆に引継ぎが十分でないまま関与を終える例もあります。
買主が後悔しやすい6つの場面
目的が曖昧なまま進めた
「良い案件があれば」という姿勢のまま検討を進めた場合です。目的が定まっていないため、判断の物差しが資料の見栄えに置き換わり、統合の段階で「何のために買ったのか」が社内で共有されません。
調査の範囲を絞りすぎた
費用と期間を抑えるため、調査の対象を財務のみに限る場合です。中小企業では、未払の残業代、社会保険の未加入、契約書のない取引、名義の不一致といった事項が、決算書に表れません。範囲を絞る場合には、絞った理由と、絞ったことにより見えていない領域を、社内の記録として残しておくことが有用です。
キーマンの意思を確かめなかった
売上又は技術の中核を担う従業員が、譲渡の後も残るか否かを確かめないまま進める場合です。この確認は秘密の保持と両立しにくく、最終契約の直前まで行えないことが通例ですので、残らなかった場合の影響をあらかじめ数値で見積もっておく必要があります。
取引先の同意を後回しにした
主要な取引先との契約に、支配権の移転に関する定めが置かれている場合があります。この点の確認と対応を決済の直前に行いますと、日程が動きます。契約書の条項の法的な評価は当法人では行いませんので、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。
統合の担当者を決めていなかった
決済の日を迎えてから、誰が対象会社に入るのかを決め始める場合です。最初の100日間は、従業員が新しい体制を観察する期間です。この期間に責任者が不在であれば、判断が滞り、離職の契機となります。
回収の期間を長く見積もった
対価を正当化するために、統合による効果を早期に、かつ大きく見積もる場合です。効果が現れるのは通常2年目以降であり、初年度は統合の費用により利益が減ることが一般的です。初年度の減益を織り込んだ計画を作っておくことが、社内の評価の安定につながります。
高い提示額が、必ずしも高い手取りにならない仕組み
提示額と手取りとの間には、次の4つの差が生じます。第1に、詳細な調査の結果による減額です。第2に、代金の一部を一定の期間留保する定めによる、受領の時期の後ろ倒しです。第3に、譲渡の後の業績に応じて追加の代金を支払う定めによる、受領の不確実性です。第4に、役員退職慰労金との配分の方法の相違による、税の負担の差です。
| 項目 | 候補先甲 | 候補先乙 |
|---|---|---|
| 提示額 | 2億4,000万円 | 2億円 |
| 調査の後の減額の見込み | 2,000万円 | 0円 |
| 決済時に受け取る割合 | 70% | 100% |
| 留保された部分の受領の時期 | 2年後 | なし |
| 業績に応じた追加の代金 | 3,000万円(達成の見込みは不確実) | なし |
| 決済時に確実に受け取る額 | 1億5,400万円 | 2億円 |
甲は表示上4,000万円高いにもかかわらず、決済の日に確実に受け取る額は4,600万円少なくなります。意向表明書を比較する際には、金額の欄のみでなく、減額の可能性、支払の時期、留保の有無、追加の代金の条件を並べてご確認ください。
日程に追われることで失われるもの
日程が繰り上げられますと、最初に省略されるのは、費用の掛かる作業ではなく、時間の掛かる作業です。すなわち、株主名簿の確認、個人名義の資産の整理、取引先との契約の点検、従業員への説明の設計です。いずれも、外部に依頼して短縮できる性質のものではありません。
相手方から期限を示された場合には、その期限が相手方のいかなる事情によるものかを尋ねてください。決算期、稟議の日程、資金の調達の期限といった説明が得られる場合には、こちらの準備に要する期間を示し、双方の日程を突き合わせることができます。説明が得られない場合には、その期限に合わせる理由がありません。
経営者同士の相性を、どう確かめるか
「相手の社長と合わない気がする」という感覚は、しばしば正確です。もっとも、感覚のままでは社内の説明にも交渉にも用いることができませんので、次の3点に置き換えて確かめます。
第1に、約束の履行です。期日までに資料が届くか、回答が予告した日に来るかを記録いたします。第2に、情報の扱いです。こちらが伝えた情報が、必要のない範囲に広がっていないかを確かめます。第3に、従業員に対する言及の仕方です。面談の場で従業員をどのように語るかは、譲渡の後の処遇の方針と相関いたします。
この3点は、いずれも面談の記録として残せます。記録に残る形にしておきますと、社内で判断を共有することができます。
調査で重要な事項を見落とす原因
見落としの原因は、担当者の能力ではなく、多くの場合、次の3つの構造にあります。第1に、資料の依頼の一覧が定型のものであり、対象会社の業種に固有の事項が含まれていないことです。第2に、回答が「該当なし」であった項目について、その根拠を確かめていないことです。第3に、質問の宛先が経理の担当者に偏り、現場の責任者に届いていないことです。
対処は単純です。業種に固有の項目を一覧に加えること、「該当なし」の回答には根拠となる資料の提示を求めること、そして現場の責任者への質問の機会を1回設けることです。なお、法務に関する調査は弁護士でなければ行うことができない業務ですので、当法人では取り扱いません。
成約の前に、統合の計画をどこまで作っておくか
統合の計画は、決済の後に作るものではありません。最終契約の締結までに、少なくとも次の5点を紙にしておくことをお勧めいたします。
第1に、決済の日から100日間の日程です。第2に、対象会社に入る責任者の氏名と着任の日です。第3に、従業員への説明の内容、時期及び順序です。第4に、主要な取引先への挨拶の順序と時期です。第5に、当面変更しない事項の一覧です。第5は見落とされがちですが、「何を変えないか」を先に示すことは、従業員の不安を最も直接に減らします。
中小企業庁「中小PMIガイドライン」は、統合の作業を、経営の統合、信頼関係の構築、業務の統合の3つに整理しております。最初の100日間で重んじられるのは第2の点です。
自らの案件を点検する一覧
| 段階 | 点検する事項 | 未了である場合の影響 |
|---|---|---|
| 準備 | 決算書の整理、株主名簿の確認、個人との貸借の整理 | 調査の段階での減額又は留保 |
| 探索 | 対象とする候補先の範囲と除外する先の一覧 | 情報が意図しない先へ伝わる |
| 打診 | 開示する情報の段階の設計 | 早期の情報の広がり |
| 条件の提示 | 金額以外の5項目の比較 | 手取りの逆転 |
| 基本合意 | 独占して交渉する期間の長さ | 他の候補先を失う |
| 調査 | 業種に固有の項目の追加 | 重要な事項の見落とし |
| 最終契約 | 引継ぎの期間、個人保証、不動産の扱い | 決済後の負担の残存 |
| 統合 | 100日間の日程と責任者の決定 | 離職と業績の低下 |
この表の各行について、「済」「未了」「不要」のいずれかを書き込んでください。「未了」が3つ以上ある段階へ進むことは、お勧めいたしません。
相談すべき時期
最も適する時期は、条件の提示を受け、いずれかの候補先に絞ろうとする直前です。この時点であれば、金額以外の項目を比較し、日程を組み直す余地があります。次に適する時期は、基本合意の締結の前です。独占して交渉する期間を定めますと、他の候補先との接触が制限されます。
最終契約の締結の後であっても、統合の計画の作成、引継ぎの進め方については、なおご相談の意義があります。
相談の前に用意する資料
次の資料をお手元にお集めください。第1に、直近3期分の決算書です。第2に、受領している意向表明書又は条件の提示の書面です。第3に、支援会社との契約書及び報酬に関する書面です。第4に、株主名簿及び登記事項証明書です。第5に、金融機関からの借入れと個人保証の一覧です。第6に、これまでの面談の記録及び日程の一覧です。第7に、譲れない条件を順位付けした覚書です。
次の段階へ進む前に確認する事項
次の10項目を書面により確認いたします。第1に、いま進もうとしている段階の名称を言えるか。第2に、その段階に進むことにより後戻りできなくなる事項は何か。第3に、日程の期限は誰の事情によるものか。第4に、金額以外の条件を比較したか。第5に、決済の日に確実に受け取る額を計算したか。第6に、個人保証と個人名義の資産の扱いを条件に含めたか。第7に、引継ぎの期間、役職、権限、報酬を定めたか。第8に、従業員への説明の時期と順序を紙にしたか。第9に、統合の責任者を決めたか。第10に、判断の根拠を記録に残したか。
第10は、後日の振り返りのためだけのものではありません。記録に残そうとすると、根拠の薄い判断はその場で分かります。
当法人及び弁護士法人M&A総合法律事務所の関与
当法人は、案件の現在の段階の把握、金額以外の条件の比較の整理、日程の組み直し、資料の準備、統合の計画の作成につきまして、M&Aの助言としてご支援いたします。進め方についての意見を求められる場面にも対応いたします。
他方、契約書の作成及び審査、条項の意味の法的な評価、法務に関する調査、交渉の代理、並びに現に紛争が生じている場合の対応は、弁護士でなければ行うことができない業務に当たります。これらにつきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。
よくあるご質問
最も高い金額を提示した相手を選ぶことは、誤りなのですか。
誤りではありません。確かめるべきは、その金額が決済の日に確実に受け取れる金額であるか否かです。調査の後の減額の可能性、支払の時期、留保の有無、業績に応じた追加の代金の条件を並べたうえで、なお最も高いのであれば、その相手を選ぶ理由があります。
相手方から示された期限に応じないと、話が壊れませんか。
期限の根拠を尋ね、こちらの準備に要する期間を示すことは、交渉の破棄には当たりません。根拠の説明を避ける相手方であれば、その姿勢自体が判断の材料となります。
従業員にはいつ伝えるのがよいのですか。
最終契約の締結の後、決済までの間に、幹部から順に伝える方法が多く採られます。重要なのは時期そのものよりも、誰に、いつ、どの順で、何を伝えるかを先に紙にしておくことです。
もう基本合意を締結してしまいました。手遅れですか。
手遅れではありません。詳細な調査、最終契約の条件、引継ぎの期間、統合の計画は、いずれもこれからの事項です。現在の段階を確かめ、未了の項目から順に手を付けてください。
相手方との間で意見の食い違いが生じています。対応をお願いできますか。
交渉の代理及び紛争の処理は、弁護士でなければ行うことができない業務ですので、当法人では取り扱いません。弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。
まとめ
後悔は、決済の日ではなく、その数箇月前の判断から生じます。売主については、準備をせずに打診を始めること、高い提示額だけで相手を決めること、相手方の期限に合わせること、従業員への説明の時期を誤ること、個人保証と個人名義の資産を残すこと、引継ぎの期間を定めずに署名することの6つが主な原因です。
買主については、目的が曖昧なまま進めること、調査の範囲を絞りすぎること、中核となる従業員の意思を確かめないこと、取引先の同意を後回しにすること、統合の責任者を決めないこと、効果を早く大きく見積もることの6つが主な原因です。
いずれも、案件の段階ごとに点検する一覧を作り、「未了」の項目を残したまま次へ進まないことで、大半を防ぐことができます。当法人は、その点検と、進め方についての意見のご提供を行っております。
当法人はM&Aの仲介及び助言を行う一般社団法人です。訴訟、交渉の代理、法律事務の取扱いなど、弁護士でなければ行うことができない業務は取り扱いません。これらに当たる部分は、弁護士法人M&A総合法律事務所へお取次ぎいたします。
具体的なご相談をお考えの皆様へ
現在の進め方について意見をお求めの皆様に向けて、当法人の取扱内容、進め方及び費用の考え方を次のご案内に整理しております。
なお、契約書の作成及び審査、条項の意味の法的な評価、法務に関する調査、交渉の代理その他の法律事務につきましては、弁護士法人M&A総合法律事務所において承っております。

メールでのお問い合わせ
電話でのお問い合わせ

